昭和百年/戦後80年  これから―国土と道路インフラ― 令和の建設業、在るべき姿とは

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 今年、2025年は昭和元年(1926年)から100年後に当たる。第二次世界大戦における太平洋戦争の終結から80年という節目でもある。焦土からの復興、高度成長と激動を歩んだ昭和、バブル崩壊と失われた30年に象徴される平成、そして迎えた令和の時代。社会の発展と成長に合わせ、国土づくりの考え方は、開発からストック利用、高規格道路ネットワークで地方をつなぐ拠点連結型の国土形成へと変遷を辿っている。また、全国で巨大災害が頻発しており、ライフラインの強化は論を待たない。地方自治体の財政難、技術者や担い手の不足は深刻で、地域インフラの維持管理更新を長期的に見据えた投資計画、誰もが快適に暮らせる持続可能な社会の構築が急務だ。道路を中心に長く国土交通行政に携わってきた谷口博昭氏に国土、道路インフラの在り方、建設業の明日を展望してもらった。  《日本は災害列島と言われ、これまで多くの災害に見舞われた。一方で、災害を経験するたびに、災禍を教訓にインフラ整備を推進、防災対策を強化してきた。政府は3月末に南海トラフ巨大地震による被害想定を公表。最悪の場合、死者約30万人、建物被害は全壊・焼失が最大約235万棟に達するとしている。7月1日には「防災対策推進基本計画」を改定し、今後10年間で死者数おおむね8割減、建物の全壊・焼失棟数約5割減を目指すとした》  谷口氏「国難級の災害で比較されるのが、今から270年前に発生したポルトガルのリスボン大地震だ。地震と津波に襲われ、市街地は大火に見舞われた。現代の日本で国家的危機と言える南海トラフ巨大地震、首都直下地震への備えを考える場合、鍵となるのは、われわれが事前防災・事前復興へと防災思想を転換できるかどうかだ。当時のポルトガルは敬虔なカトリック国家で、地震は自然災害というより神罰と考えられていた。神の御加護で守られているはずが神に裏切られたという思想的な大転換があったようだ。今年は昭和100年、戦後80年の節目だが、明治維新、先の大戦での敗戦に続き、今は3回目の大きな転換期を迎えていると思う。もっと危機感を持つ必要がある」  「1959年の伊勢湾台風による甚大な被害を踏まえ、61年に災害対策基本法が制定された。その後も新潟地震(64年)が地震保険制度創設のきっかけとなり、宮城県沖地震(78年)を契機に建築基準法が改正された。6400人以上が犠牲となった阪神淡路大震災(95年)では、高速道路高架橋が倒壊し、密集市街地の延焼火災による被害が甚大で、全国から多くのボランティアが被災地に駆け付け、“ボランティア元年”ともなった。東日本大震災(2011年)では、観測史上最大のM9・0の巨大地震と大津波で国土の脆弱性が浮き彫りになった。これまで甚大な被害を受けた後、長期間にわたり復旧・復興を図る事後対策を余儀なくされたが、南海トラフ巨大地震が迫る今、事前防災、予防保全の視点に立ち、先行的に取り組まねばならない」  《日本の総人口は1億2380万人(24年10月時点、総務省発表)。14年連続で減少し、前年比では55万人減った。65歳以上の人口は3624万人(総人口の29・3%)、75歳以上は2077万人(同16・8%)といずれも過去最高だ。元号別では明治・大正生まれが24万人で、総人口に対する割合はわずか0・2%、昭和生まれは8414万人で68%を占める》  谷口氏「戦後の昭和時代は右肩上がりの経済成長で人口も増えた。残念ながら平成から令和の今は超高齢化、人口減少時代にある。この傾向はこれからも続く。わが国にとって少子化は最も深刻かつ喫緊の課題だ。どこかで歯止めを掛けて、将来世代が夢と希望を持てる社会を実現するための道筋をつけないといけない。『少子化ストップ』へ抜本的な対策を策定し、実行することが求められる。働き方改革はもちろんだが、給与が上がり、快適に健康で豊かな生活ができるようにする必要がある。大事なことは、これまでの延長上のフォアキャストではなく、あるべき将来の姿から現在に向かって議論するバックキャストのアプローチでビッグピクチャー<全体俯瞰(ふかん)図>を描くことであり、そのために価値観を変えないといけない。人口が減り続ける時代では、『自助・共助・公助』に『民助』を加え、『向こう三軒両隣』のような社会を目指さないといけない。米国トランプ政権のような『今だけ、お金だけ、自分だけ』の志向ではなく、共生(ともいき)を重視する価値観への転換が必要だ。『あなたがあって私がある』、共存共栄の社会だ。政府には基礎的財政収支(プライマリーバランス)の改善を図りながら、地方を主役に、地方が自立的に成長できる施策の実行に期待する」  《戦後の日本は、復興期から高度経済成長期、73年石油危機を境に安定成長期に入ったように見えたが、90年代初頭のバブル期と崩壊を経て、長い低成長時代を迎えた。その間の国土づくりを振り返ると、国土総合開発法に基づき、1962年以降5次にわたる全国総合開発計画が策定され、地域振興策、社会資本(インフラ)整備が推進された。社会の成熟化に伴い、国土の開発からストック利用、自然調和の流れに移り、国総法は国土形成計画法に全面改正され、23年7月からの第三次国土形成計画では、「時代の重大な岐路に立つ」とし、地域の持続性、安全・安心を脅かすリスクが高まる中、「新時代に地域力をつなぐ国土」を基本目標に掲げている》  谷口氏「高度経済成長期以降に整備されたインフラが老朽化し、その割合が加速度的に増えている。わが国の「失われた30年」の原因の一つにインフラ軽視の政策があったのは明白だ。インフラは人体に例えるなら足腰と同じで強化が欠かせない。土木学会が22年に『インフラ整備に概成なし、将来世代のための礎を築くことにゴールはなく、常に道半ばだ』と提言した。道路インフラは『命の道』であり、地方のミッシングリンク解消、都市部の渋滞が多くサービスの低い道路課題の解決を図る高規格道路の充実、自動物流道路の進展が待たれる」  「私が近畿地方整備局長だった当時、扇千景大臣がよく言っていた。『大きな理念を持って地域の発展を考えるべきだ』と。先輩たちが築いてきた全総計画に比べると、今の国土形成計画は発想が小さくて規模も小粒になった。典型的なのはコンパクトプラスネットワーク。集約化という概念は大事だが、図面にしっかり落とし込んで具体化していない。日本は街道の文化。道が交わる所が巷(ちまた)で、そこに情報や人が集まって町ができた。そういう歴史を踏まえないで、コンパクトシティやスマートシティといった概念が一人歩きしている。言葉の定義が固まらないうちに新しい言葉が次々生まれているが、計画ばかり先行して実行が伴っていない。私が現役の頃は、大臣・局長が変わろうとも、常に議論を怠らなかった。今は何をやっていいか分からず、指示待ちになっているが、計画に魂を入れて実行しなければならない」  「国土強靱化実施中期計画が策定された今、国交省道路局が23年に公表した『WISENET2050・政策集』に基づいて、国民の納得と共感を得られるように、財源と予算の裏付けを取りながらシームレスなネットワークの構築を進めるべきだ。とは言え、今の政治はあまり関心がないのか、いつまでに何をやると明言しない。土木学会などが大きな声を上げるしかないだろう」  《6月に国土強靱化実施中期計画が閣議決定された。26年度から5年間でおおむね20兆円強を投じ、ライフラインの強靱化などに取り組む。その際、資材価格高騰や人件費上昇などの影響を予算編成過程で適切に反映させる。また、対策の初年度は経済情勢を踏まえ速やかに必要な措置を講じ、次年度以降は災害の発生や事業の進捗、財政事情を踏まえ、機動的・弾力的に対応するとしている。1月28日に発生した埼玉県八潮市の道路陥没事故を受け、下水道更新対策も盛り込まれた》  谷口氏「インフラメンテナンスにおいて、八潮の道路陥没事故は、中央道笹子トンネル天井板落下事故(12年12月)以来の衝撃的な事故だ。復旧には数年かかるだろう。インフラ・ストラクチャーは社会を支える下部構造。その重要性と必要性を認識し、事前防災・予防保全に切り替えなければならない。予防保全は事後保全よりトータルではコストが軽減されることは明らかだ。予算と財源の裏付けのある予防保全計画を策定し、実行することが急がれる。これからの国土づくりは国土強靭化と地方創生が大きな柱だ。政権与党は今の予算、事業規模で満足してもらっては困る」  「これまでインフラメンテナンス国民会議や地域インフラ群再生戦略マネジメントなど一定の成果はあるが、十分とは言えない。国民は、言葉だけでなく槌音(つちおと)が聞こえて初めて政府を信用する。具体のプロジェクトを呼び水とし、内需循環型の経済にすることは、われわれの子や孫たち将来世代に対する責務でもある。祖先から頂いたものを食いつぶした形で次世代へ渡すのは申し訳ない。米国第16代大統領リンカーンは『40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て』と言った。鷗外は、人間、生まれたままの顔を持って死ぬのは恥だといったが、同じように、祖先から受け継いだ国土を、そのままで子孫に遺すことも恥ずべきと、小泉信三氏が書き残している。政治家も官僚もこうした責任を自覚することが重要なはずだ。国土づくりも少子化も、一朝一夕に解決しない。じっくり腰を据えて数年かけて全体を俯瞰しながら議論することだ。ただ、俯瞰しようにも、内閣が数年持たず、政治が安定しないことが問題だ。例え話だが、ピレネー山脈で遭難した登山隊が1枚の地図を頼りに奇跡的に下山した。地図にある山脈はピレネーでなくアルプスだったというオチだが、何にせよ“錦の御旗”は必要で、最後は政治が決断しなければならない。数を集めることよりも、何をやりたいかを明確にすべきだ」 ※電子版の企画特集コーナーにインタビューの全文、建設投資推移のグラフ、社会動向と主な国土交通政策をまとめた年表を掲載しています。電子版企画特集コーナーはこちらのURL(https://digital.kentsu.co.jp/cntts/ftrcntt/01K1J97XX1Q972W6DZCYT2M5BW)へアクセスしてご覧ください。