建設業皆保険時代(1) 全許可業者が社会保険加入 技能者の処遇改善、次の一手は
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社会保険(健康保険、厚生年金保険、雇用保険)への加入が建設業許可・更新の要件に追加され、5年がたった。2020年10月1日以降、社会保険に未加入の業者は許可の取得が認められておらず、有効期間5年の許可更新が一巡したことで、全ての許可業者が社会保険に加入した。国土交通省が10年以上にわたって進めた社会保険加入対策は区切りを迎え、産業全体として加入がスタンダードと言える環境が整った。
「『不良不適格業者』とは、社会保険未加入業者と定義すべきと訴えた」。建設業の社会保険未加入問題の解消を当初から訴えた芝浦工業大学の蟹澤宏剛教授は、技能者の処遇を改善するため、「社員化が必要と考えたが、それでは目的がはっきりしない。社会保険加入の有無で判断してはどうかと提案した」と当時を振り返る。
対策前の建設業は、社会保険未加入が法令違反という認識のない経営者・技能者が多く、適正に社会保険料を負担する企業が競争上不利になる矛盾を抱えていた。この問題を放置したことが、低い賃金や不安定な処遇を招き、担い手を確保できない一因になっていた。
蟹澤教授は、社保未加入の企業や技能者が多かった専門工事業の間では「『正直者がバカを見る』という空気が明らかにあった」と話す。1990年代に技能者を社員化させた専門工事会社が倒産した記憶も新しく、「社保に入ると競争に負ける、という意識が根強く残っていた」という。
国土交通省は、2011年6月にまとめた「建設産業の再生と発展のための方策2011」で、社会保険未加入企業を排除する方針を初めて盛り込み、翌12年11月から加入対策を開始した。
建設業許可・更新時には、許可部局が加入状況を確認し、未加入企業に加入を指導。許可部局の指導に従わない場合は、厚生労働省の社会保険担当部局に通報した。加入指導の結果、社会保険に加入した許可業者は、対策開始後の5年で2万3000者を超えている。
一方、企業・労働者が負担する法定福利費を確保するための対策も進めた。まず、公共工事の予定価格に事業主負担分と労働者負担分の法定福利費相当額を計上。民間工事でも、発注者から元請け、元請けから下請けへと法定福利費が支払われるよう、法定福利費を内訳明示した見積書を活用するよう、業界に再三にわたって要請した。
■経営者が「人件費と向き合うように」
対策が始まり、3保険の加入率はどのように変化したのか。公共事業労務費調査の結果によると、対策前の11年10月に84%だった企業単位の加入率は24年10月までに99%、労働者単位では57%から95%まで上昇した=グラフ参照。
対策の開始当初から社会保険関係の相談を受けていた社会保険労務士の加藤大輔氏(レイビルド社会保険労務士事務所)は、対策の効果を「社会保険料を支払う経営者が、技能者の人件費と真剣に向き合うようになったこと」を挙げる。
対策が始まった当時と比べようがないほど、人手不足は深刻化し、労務費の上昇も進んでいる。この問題を放置していれば、社会保険にすら入っていない建設業が、今の労働市場の中で立ち往生していたことは想像に難くない。蟹澤教授は「ようやく他産業と同じ土俵に立った」と、社会保険加入よって、建設業が処遇改善のスタートラインに立ったことを強調する。
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企業単位で許可業者の100%、労働者単位で製造業相当(90%)を目指した社会保険加入対策の目標が、おおむね達成されました。建設業はようやく他産業並みの福利厚生を整えましたが、人材を獲得するために十分な処遇を用意できているわけではありません。この連載では、対策の成果を検証するとともに、今後の技能者の処遇改善に何が必要か、探ります(毎週水曜日配信)。