【街路樹剪定士活用特集】次代を見据えて 緑が育む、持続可能な都市づくり

東京

緑陰を確保している街路樹。その他、景観の向上や交通安全、大気の浄化、自然生態系の保全、災害抑制など多彩な機能を併せ持つ

《適切な街路樹管理に必要なこととは》  東京では今夏、連続猛暑日数と年間猛暑日の最多記録を更新した。暑さ対策は待ったなしの状況であり、緑陰による都市の冷却機能からも身近な緑である街路樹は、もはや市民にとって必要不可欠なものと認識されている。一方で昨今、倒木や落枝による事故が頻発していることから、適切な管理の重要性はますます高まっている。  本特集では、100年先を見据えた東京都の緑のプロジェクト「東京グリーンビズ」で推進する街路樹を活用した取り組みや管理手法を紹介する他、街路樹の管理水準が高い江戸川区の事例(街路樹指針・改定版)を掘り下げる。次代を見据え、適切な街路樹管理に必要なことを読者と共有、考える機会としたい。 【東京都】緑のプロジェクト「東京グリーンビズ」を推進 《街路樹の樹冠拡大で緑陰確保》  東京都が推進する100年先を見据えた緑のプロジェクト「東京グリーンビズ」。自然と調和した持続可能な都市を目指し、行政だけでなく都民や企業などと協力して緑を未来に継承していく取り組みだ。その中で、東京の緑を「育てる」施策の一つとして、「街路樹の充実(安全性や快適性の確保)」を挙げている。街路樹の効果・効能を得るための適切な街路樹の管理手法などを、都建設局公園緑地部の堀康宏計画課長(街路樹担当課長兼務)に聞いた。(聞き手はビジネス開発事業部=栗田涼)  ―街路樹の充実に向けた具体策を聞きたい。  「これまでは定期的に樹木診断を行い、倒木の恐れがある場合は更新するなどして、地域住民の生活や交通に支障がないよう適正管理してきた」  「そのような中、改めて強化する取り組みの一つとして、街路樹による緑陰の確保を挙げた。近年の尋常ではない暑さへの対策が求められているからだ。枝ぶりを大きくして緑陰を広くする樹冠拡大は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催に向けて競技者や沿道で応援する人の暑熱対策も目的に、主にマラソンコースや会場付近のアクセスルートを対象として2018年に始めた」  「その後、最近の気象状況などを考慮し、この方策を都内の一般道路にも拡大した。この取り組みを着実に進めていくため、歩道幅員などの状況を踏まえて路線ごとに街路樹の目標樹形を定め、計画的な剪定(せんてい)を行うために作成した『街路樹維持管理計画書』を活用している」  「計画書には、イチョウ、サクラ、トウカエデなど街路樹の主要13樹種それぞれの特性に応じた適切な剪定手法を示す他、緑陰の状態と路線ごとの方向性に基づき、▽拡大▽縮小▽維持▽再生―の4タイプに分けて管理している」 《街路樹剪定士活用で高品質を維持》  ―事業の執行に当たり注力している点は。  「樹冠拡大を適切に進め、緑陰の確保と質の高い管理を行っていくため、予定価格2000万円以上の財務局契約第二課が発注する『街路樹剪定委託』案件に総合評価方式を導入している。技術面を考慮して受託業者を選定するとともに、成績評定制度を導入し成果に応じてインセンティブが得られるようにした」  「また、街路樹剪定士を活用して現場での作業前に見本となる指標木を剪定してもらい、それを監督員や現場作業員で確認しながら樹冠拡大の方向性を共有している。共通認識の下で受託業者に剪定してもらうことが狙いだ」  「財務局契約第二課の発注案件だけでなく、各建設事務所など建設局発注の街路樹剪定案件でも、街路樹剪定士を現場代理人にすることを入札参加資格要件に設定している。以前は案件ごとの剪定レベル差が顕著だったが、街路樹剪定士の活用により高い品質の維持につながっている」  ―職員のレベルアップも重要になる。  「都や区市町村の職員向け研修会の他、民間主催の講習会にも積極的に参加している。昨年は日本造園建設業協会東京都支部が主催する街路樹剪定の実技講習会を見学した。街路樹剪定士指導員が受講生に剪定・指導しながらわれわれにもレクチャーしてくれた。10人程度が参加し、とても勉強になった」  「東京グリーンビズで掲げている『100年先を見据えた、みどりと生きるまちづくり』を目指し、官・民が共通認識の下、それぞれの持ち場で技術力を高めながら取り組んでいきたい」 【江戸川区】「江戸川区街路樹指針~新しい街路樹デザイン~」を改定 《路線ごとに機能分化を明確化》  江戸川区は、街路樹の整備や管理を進める際の基準を示した「江戸川区街路樹指針~新しい街路樹デザイン~」を改定し、4月に公表した。2009年の策定以降、指針を基に高い管理水準を展開する同区には、各自治体の街路樹担当者から視察の要望が多く寄せられていた。一方で、策定から15年、街路樹の老朽化や大径木化、深刻化する気候変動、バリアフリーの浸透など、時代や環境の変化を踏まえた対応も求められていた。そこで、改定したポイントとともに、それを活用しながら実施する同区の街路樹管理手法、評価制度を紹介する。  指針は、街路の緑環境をより質の高いものにするため、街路樹植栽の計画から維持管理、維持管理に対する評価、情報発信に至る区独自の運営方針をまとめたもの。街路樹の管理計画や業務の発注を進める上で“ルールブック”のように活用する。現場作業でもマニュアルとして使用し、受発注者間での認識の食い違いを防ぐ他、地域住民側と街路樹の在り方を共有する際の“共通言語”とする。  今回の改定では、新たに路線ごとに街路樹を定義し、機能分化を明確化。区内の道路環境と街路樹の関係を整理した上で、大きい樹冠と緑陰を有する統一的な樹形により地域の代表となる景観を目指す「主要路線」と、大木になる樹種は避け、空間に適した並木の形成を目指し、歩道の快適利用に配慮した樹木を植える「生活路線」に分類した。  両路線のうち、花や紅葉により四季を感じられる他、風格のある常緑樹路線など、周辺環境と調和した美しい景観を創出する路線を「景観路線」と位置付けた。 《成績評定70点以上で翌年度も特命随契》  維持管理実務について区は、全域を26エリアに分け街路樹を含め公園や親水緑道、緑地などの緑を一括して管理する業務を委託している。  委託内容は、月1回行う全路線の街路樹点検をはじめ日常の巡回点検や、高木の剪定(せんてい)、中低木の刈り込み、除草、落ち葉清掃、花壇管理、病害虫調査防除、陳情処理、台風・事故などの緊急対応、緑のボランティアとの連携など。必要な管理を1年間一貫して同じ受託者が担当する。  特に、統一美が重視される街路樹の剪定は、路線・樹種ごとに歩道幅員や周辺環境を考慮し、目標とする樹高や枝張り、間隔などの剪定・管理方針を具体的に示す「目標樹形カード」を活用している点が特長だ。これにより、区の監督員や受託者が変わっても共通認識の下で計画的に管理できるという。  また、毎年度末に受託者を評価し、結果を共有した上で技術の向上や意識改革、受託者の育成に生かしている。成績評定70点以上(良好)は翌年度も特命随意契約を認めて継続する一方、70点未満(標準)では契約更新せずプロポーザル方式で受託者を選定し直す。業務の最長継続期間は5年間。  2025年度は5年サイクルの最終年度に当たり、26年度から新しいサイクルの委託管理が始まる。それを踏まえ区は現在、受託者の選定に関して時代に即したプロポーザル方式の評価項目を検討している。  現行では、▽施工管理▽工程管理▽現場管理▽安全管理―の四つの視点で受託者を評価。業務遂行上の諸手続き、業務管理的な評価項目が多いが、街路樹の質のさらなる向上を目指すため、「剪定技術や品質管理の適正さを現行以上に評価する必要がある」(同区環境部水とみどりの課)。  受託者の業務評価には、「路線別目標樹形カード」を活用し、業務記録・剪定技術・目標樹形への達成度などを評価、記録する「カルテ」を作成する。このような取り組みにより、「受発注者の技術向上や人材育成、街路樹の良好な生育、地域の良好な景観形成につなげていきたい」(同課)としている。 【都市の緑化を支える専門資格制度】  街路樹や公園、緑地など都市の緑化を支える専門資格制度を紹介する(いずれも日本造園建設業協会の認定資格、認定者数は2025年3月時点)。 ■街路樹剪定士  樹木の生理・生態や街路樹に関する専門知識、伝統的な職人芸とも言える剪定技能を併せ持つスペシャリスト。街路樹の美観を維持し、機能・効用を最大限に発揮させるために必要な能力を備えている。認定者は全国で1万5561人、東京都内では1060人。 ■緑地樹木剪定士  公園や緑地などの公共的空間に植栽された多様な樹木の管理について、管理者とその利用者の間に立ち、快適・安全に利用できる造園空間を提供できる技術者。適切な管理手法の提案から剪定などの育成管理、日常の安全点検までを一括で担う。受験資格は街路樹剪定士資格保有者。認定者は全国で2226人、東京都内では261人。 ■植栽基盤診断士  植栽基盤・土壌・植物・植栽に関する知識と経験があり、土壌調査・診断結果を基にした処方能力と適切な提案能力を総合的に備える、植物が良好に育つ土壌環境を整える専門家。認定者は全国で1846人、東京都内では380人。