明日の星54 横河建築設計事務所 板倉 健吾(いたくら・けんご)さん

東京

板倉 健吾さん

 1903年(明治36年)に創立し、これまで帝国劇場や三越呉服店本店など広く知られた建築物の設計を手掛け、約120年の歴史がある横河建築設計事務所(品川区)。組織設計事務所のパイオニアとして、明治から令和までの幾多の年月を経て事業を継続してきた。入社4年目の板倉健吾さんは、入社当初からプロポーザルの提案に携わり、若手社員でありながら最前線で日々奮闘する。世界的な建築家・谷口吉生氏を尊敬してやまない板倉さんに、入社のきっかけや今後の目標などを聞いた。  ―いつから設計に興味を持ったのか。  「幼少期から絵を描くことが好きで、クラスの横断幕をデザインしていた。最初はプロダクトデザイナーを目指していたが、オープンキャンパスで小さいものから大きいものまでデザインできる建築設計に興味を持ち、大学では建築デザインを専攻した」  ―入社したきっかけを教えてほしい。  「中学時代、静岡県立静岡がんセンター(静岡県長泉町)に入院していた祖父が、最上階の食堂から見える駿河湾や富士山の景色を気に入っていた。感動する祖父の様子がとても印象に残っており、就職活動の時に同センターの設計を担当していた会社だと知って入社を決めた」  ―これまで担当した業務は。  「入社から2年間は設計企画室に配属され、主にプロポーザルの提案書を作成していた。2年目から責任者としてプロポーザルに参加し、初めは結果が伴わなかったものの、後に既存病院を増築する設計が選定され、これまで積み重ねてきた後輩との意見交換や上司との提案のブラッシュアップが報われた気がしてとてもうれしかった。3年目からは今の設計室に異動し、プロポーザル時とは別の病院の設計に携わっている」  ―日頃から心掛けていることは何か。  「雑誌で見て興味を持った建築物を調べたり、直接足を運んだりしている。憧れの建築家である谷口吉生さんが設計を手掛けた京都の『平成知新館』は、ディテールのこだわりが強く、目地が妥協無くそろっていて納まりが良い。空調の目立たない配置などから、細部まで洗練されたデザインが感じられる。結果的に『居心地の良い空間』につながっていると思う」  ―今後の目標はあるか。  「今はまだ先輩に教えてもらっている段階だが、自分が設計責任者の立場になった時に、お客さまの期待や要望を上回る『居心地の良い空間』の構築を目指していく。祖父の感動を、多くの人たちに体験してもらえるような建物を造りたい」