谷口博昭(たにぐち・ひろあき)氏「しずおか回顧録①」

静岡【2026/07/22 静岡版に掲載】

谷口博昭元国土交通事務次官

 建通新聞社の静岡支社長が挨拶に見えた折、静岡の縁を基に回顧録の寄稿を勧められた。当初、昨年喜寿を迎え、記憶が曖昧なことなどから躊躇した。しかし、これまでの人生を振り返り大切にしている言葉「縁尋機妙、多逢聖因(えんじんきみょう、たほうしょういん/縁を大切に良い人と交流、付き合っていると人生良い勝(しょう)の結果となる意)」が頭を掠めた。  そして、沼津工事事務所(現沼津河川国道事務所)と事務所を管轄する中部地方建設局(現中部地方整備局)に2度勤務の縁とその折々の出来事が懐かしく走馬灯のように想い出され、ご指導・ご支援頂いた方々へ少しでもご恩返しになればと再考、寄稿を決めた。  初めての沼津勤務は昭和54年4月、結婚半年後だった。昭和2年内務省狩野川測量員詰所が狩野川の本格的な改修に着手以来の伝統の事務所庁舎は古く玄関から2階の事務所長室まで敷かれた赤絨毯の上を歩くと床が軋んだ。  11月に現在の新庁舎に移転の際、事務所長が田口二朗氏から三野四郎氏へ異動、田口氏は完成前の所長室に幾人か呼び込み決裁され新庁舎への未練心を収められた。  また副所長は青山多恵氏で温かいご指導を頂いたが、荒川放水路や信濃川大河津分水路などに携われた青山士第23代土木学会会長のご長男と知ったのは転勤後であり忸怩たる想いをした。  調査第二課長の担当は、国道1号、138号、246号と小田原沼津道路に関する調査・設計、静岡東部交通量調査などだ。建設省道路局の係長として全国の高速道路や3大都市圏の湾岸道路などの調査、計画を約3年間担当したハードな室内業務から解放され、駿河湾、富士山、香貫山、狩野川、千本松原などの豊かな自然に癒され、三島溶岩を経て湧き出る富士山からの水道水は美味しく有難かった。  初めての管理職だったが、社会人最初に茨城県の橋梁下部工事現場を経験以来モットーの現場主義の下、現場に携わる幸せを噛み締めると共に所員との融和・連携を心掛け、夜間の計画・調査や用地の説明などが無い時には所員との懇親に勤しむ日々だった。その結果、7月に誕生の長男の育児は妻任せとなり後悔するも時遅しだ。  官舎は、今は無いが、プレハブで老朽化、台風による木塀倒壊、台所周辺ナメクジ出没、五右衛門風呂入浴難など妻の嘆きは1年3カ月後の転勤まで絶えなかった。 (次回は8月下旬の掲載を予定しています) 【略歴】谷口博昭(たにぐち・ひろあき)東大工学部土木工学科卒、1972年建設省入省。2002年近畿地方整備局長、04年道路局長を経て06年技監、09年事務次官。10年に退官後、芝浦工業大学(МОT)教授、国土技術研究センター理事長、全国土木施工管理技士会連合会長、建設業技術者センター理事長、土木学会会長などを歴任。現在は国土政策研究会長、いであ特別顧問。1948年生まれ、和歌山県出身。