明日の星 小俣建設工業(世田谷区) 葛西汰一(かさい・たいち)さん

東京【2026/07/14 東京版に掲載】
 小俣建設工業(世田谷区、松尾光徳社長)は、官庁と民間の建築工事を中心に、世田谷区の他、首都圏で事業を展開する。1968年創業から歴史を重ねる中、近年は若手社員の比率が高くなり、技術力と親しみやすさから「何かいいよね、小俣のスタッフ」との評価も得るようになったという。31歳を迎え、大手企業から地元建設業に転職して活躍する葛西汰一さんに、普段の仕事ぶりや将来像などを聞いた。 ―どのような就職活動をしたか。  「小学校から大学までずっとバスケットボールに打ち込んだ。高校時代は3年間国体にも出場した。プレーヤーとしても含めて、バスケットボールで身を立てることも考えたが、最終的に会社員となることを選択した。職種は特に考えておらず、最初は大手住宅総合メーカーに入社して営業に携わった」  ―なぜ小俣建設工業に転職したのか。  「大手企業は会社としては安定しているが、タフな営業スタイルが自分には合わなかった。自宅が神奈川県藤沢市なので、転職サイトに登録して県内か東京都に本社がある同業に移ろうと探していたら目に止まった。ホームページを見たところ、50年以上の歴史があり、地域に信頼されている会社だと分かったので応募した。自宅からの通勤には少し距離があるが、充実した毎日だ」  ―仕事内容を教えてほしい。  「私は基本的にマンションが多い。階高では5階建てから10階建てで、大きいものだと90戸ほどになることもある。たまに公共事業もあり、今はホテルを担当している」  「前職では地主への飛び込み営業が中心だったが、今の顧客はホームページを見て連絡をくれたデベロッパーや、付き合いのある設計事務所からの紹介が多い。技術者が10人ほどと人員が限られているので、話をもらったらまずお互いのスケジュール調整が必要となる。顧客の要望と合えば、予算を聞きながら概算見積書の作成からスタートする」  ―自身の営業スタイルは。  「話をするのが得意ではなく、営業マンとして適性があるのか自分で疑問に思うこともあるが、基本的には相手の話を聞くタイプだ。顧客の要望に応え、工事を段取り良く進め、気持ちよく引き渡すことができるよう誠意を尽くす。マンションであれば〝もう一棟頼むよ〟と次の注文をいただけるようにすることが大切だ。まだ取り引きがない先から引き合いが来たら、当社が本命ではないと分かっていても、次があるかもしれないので、概算見積もりを断らないようにしている。まだ成約には至らないものの、声掛けが続く見込み客も増えてきた」  ―これからどのように成長したいか。  「顧客は経験豊富なプロなので、金額がシビアだし、しっかりした知識を付けないと信用は得られない。先輩に理論武装をするようにとアドバイスを受けるが、まだ経験不足でどうしても最終的な打ち合わせは上司についてきてもらうことが多い。早く独り立ちできるようになりたい」