元国土交通事務次官 谷口博昭氏 「しずおか回顧録」②
静岡【2026/08/26 静岡版に掲載】
谷口博昭氏
「理」と「情」、同郷の二階氏から学ぶ
私が道路局係長の時の上司・道路経済調査室長の本山蓊氏が沼津の第19代所長、道路局企画課専門官の三谷浩氏が第21代所長。そして二階俊博先生が、裾野市出身で狩野川台風時の建設大臣だった遠藤三郎代議士の秘書を務められた。
二階先生は、遠藤代議士が農林官僚の時に和歌山県へ出向、経済部長を務められた縁故か、中央大学卒業後に秘書となられた。遠藤事務所と沼津工事事務所が隣近所であり、二階秘書と本山所長は交流を深め懇意になられた。この沼津と和歌山の縁に改めて「縁尋機妙、多逢聖因」を痛感する。
遠藤代議士の逝去後、二階先生は10年間務めた秘書を辞し、和歌山県会議員に挑戦。当選後、秘書の時身近に見聞、実感した東名開通による地域発展効果を踏まえ、大阪・和歌山府県境から海南市までの高速道路計画を紀南へ延伸、紀伊半島一周構想を打ち出された。構想実現のため、門三佐博県議と共にかねて懇意の本山室長を訪ね相談され、当時の道路局専門官などによる勤務時間後の勉強会が設置された。その際本山室長から和歌山出身の私に勉強会を手伝う様に声を掛けられた。高速道路整備は地域発展に必要不可欠であり、我田引水でない「理」と熱き「情」に基づく行動力の大切さと共に、二階先生の高い志と根回しや粘り強さを学んだ。また、斯様な勉強会などの縁からか、伊豆半島の首長有志が催された私の課長就任の歓迎会の折、二階先生から私の赴任の一報が地元首長にあったことを漏れ聞き、先生の「情」深い心遣いに感じ入った次第だ。
さて、国道246号の神奈川県境から沼津市までの35㌔㍍余の裾野バイパスは県境から整備が進められていたが、裾野市桃園地区に騒音問題があった。時の県出身の市川市長の要請で夜間に住民説明をすることになったと田口所長から告げられた。
騒音を緩和するため東名寄りにルートを変更する案を準備、その根拠となる騒音予測を新採の大井君が自前で計算を済ましてくれたお陰で住民説明も無事終えることが出来た。
その後の用地説明はいつも公民館で夜間、暖の薪の煙が目に染みた。東名とルート調整して欲しかったとか、東名に比べ国の用地単価は安過ぎるなどの苦情を頂いた。この際、当方の担当が変わっても地元の方は不変故に、過去の説明をレビューし丁寧に説明し、信頼関係を築く大切さを学ぶ。この学びにより丁寧な説明を心掛け、調印に漕ぎつけることが出来た。
