国交省作文コンクール 静岡県内の受賞作品
静岡【2026/10/23 静岡版に掲載】
国土交通省と建設産業人材確保・育成推進協議会は、建設産業に従事する社会人を対象とした作文コンクール「私たちの主張~未来を創造する建設産業~」と、建築・土木学科などの高校生を対象とする「高校生の作文コンクール」の2026年度の受賞者を決定した。
静岡県内からは、「私たちの主張」で加和太建設の長崎涼さんが国土交通省不動産・建設経済局長賞を受賞した。
「高校生の作文コンクール」では、不動産・建設経済局長賞に静岡県立浜松工業高校の山崎瑛子さんと静岡県立科学技術高校の高瀬柑南さんが選ばれた。優秀賞には、静岡県立浜松工業高校の小関悠真さん、齋藤光志さんと、静岡県立天竜高校の佐々木優吏さんが選ばれた。
不動産・建設経済局長賞を受賞した3作品は次の通り。
◆「私たちの主張~未来を創造する建設産業~」
【不動産・建設経済局長賞】
「結実」長崎涼さん(加和太建設)
私が建設業界に飛び込んで、早いもので十年の月日が流れた。現在は地元静岡の建設会社で施工管理を担当し、公共インフラの整備に携わっている。学生時代、建設業には「きつい、汚い、危険」という3Kのイメージがつきまとっていた。入社当初はその過酷な環境に打ちのめされる日々だったが、泥と汗にまみれながらも自らを律し、黙々と現場に向き合う職人たちの背中を見るうち、私の先入観は脆くも崩れ去った。彼らは炎天下でもミリ単位の精度にこだわり、一切の妥協を許さない。今、私の胸にはこの仕事に対する静かで深い誇りが宿っている。
建設業の真の役割、それは「当たり前の日常を支え続けること」である。毎日歩く道路、蛇口をひねれば安全な水が届く上水道、豪雨から街を守る堤防。インフラの多くは完成すれば土の中や川底に隠れ、人々の目からは見えなくなる。美しい外観が残る建築物とは異なり、風景に溶け込むのが土木工事の宿命だ。誰も見ていなくとも自らの良心に忠実に、一本の鉄筋、一塊のコンクリートに魂を込める。見えない部分の手抜きは、将来の災害時に人命を脅かすからだ。その目立たない「誠」の積み重ねこそが、社会の根底を支え、地域の安全を担保しているのだ。
その事実を痛感した出来事がある。数年前、記録的な大雨で沼津市と清水町を結ぶ要衝「黄瀬川大橋」が落橋した時のことだ。自社が緊急復旧の最前線に立ったが、当時、別の現場にいた私は、濁流が渦巻く現場での過酷な作業をメディア越しに見つめることしかできなかった。もどかしさを抱える一方で、画面に映る職人たちの背中からは「一日でも早く街の動脈を繋ぎ直す」という強烈な使命感が溢れていた。昼夜を問わぬ懸命な作業の末に仮橋が架かり、住民の方々が「本当に助かった」と喜ぶ姿を見た瞬間、私の胸を激しい感動が突き抜けた。建設業とは、これほどまでに人々の暮らしに直結し、絶望の中にある人に安堵と希望を手渡せる仕事なのか。「いつか自分も、地元静岡の命の基盤を直接支える誇り高き技術者になりたい」。第三者の立場でしかなかった私の中に、強固な覚悟が芽生えた瞬間だった。
数年が経った現在。私は奇しくも、あの古い黄瀬川大橋の橋台を取り壊す現場の指揮を執っている。かつて職人たちが死に物狂いで繋いだ橋から、未来の強固な橋へとバトンを渡す重要なプロセスだ。半世紀以上に渡り地域を支えた巨大な構造物。これを解体するには、熟練の技術と細心の注意を要する。重機の轟音が響く中、時折あの日のニュース映像にあった住民の笑顔が脳裏をよぎる。今はまだ古い構造物を解体する裏方の作業かもしれない。しかし、誰も見ていないこの土中の基盤づくりに一切の妥協はしない。この手で確かな土台を築いた先に、必ず新たな黄瀬川大橋が架かり、再び地域の日常を何十年と強固に支えると信じているからだ。あの日に抱いた至誠の念こそが、今の私を突き動かす最大の原動力である。
私たちが創り出しているのは無機質な構造物ではない。人々が安心して明日を迎えるための「命の基盤」だ。その役割をより確実なものにするため、私たちの現場もまた絶えず進化を遂げている。近年導入が進む3次元点群測量は、現場の複雑な地形を立体的に把握し、現場に潜むリスクを未然に察知することを可能にした。また、ICT建機を用いた施工管理では、省人化だけではなく3次元データと現場のわずかな誤差を即座に可視化し、緻密な軌道修正を実現する。これらの新技術は、決して単なる省力化のためのツールではない。細部にまで妥協を許さない品質へのこだわりをさらに研ぎ澄まし、現場の「誠の質」をより高みへと引き上げるための前向きな挑戦なのだ。
しかし、技術がどれほど進化し、労働環境が近代化されようとも、決して変わらないものがある。それは、より良いものを造り、人々の日常を守り抜くという私たちの「誠」の精神である。最先端のシステムも、現場で使命感に燃える技術者たちの熱い心と倫理観があってこそ、真の力を発揮する。
「至誠、天に通ず」
私はこれからも、この言葉を胸に現場へ向かう。あの日、職人たちが泥にまみれ繋いだ黄瀬川大橋のバトンを、今は新たな技術という武器を手に、さらなる安全と高品質な施工で未来へと繋いでいく。「人の手と確かな技術で、人の暮らしを守る」。その誇りと情熱を燃やし、かつての私が職人たちの背中に魅せられたように、私たちの技術と誇りがそんな魅力あふれる建設産業の姿として結実していることを願い、私は今日も地元静岡の地に立ち続ける。
◆「高校生の作文コンクール」
【不動産・建設経済局長賞】
「一人ひとりの中にある建築」山崎瑛子さん(静岡県立浜松工業高校建築科3年)
朝、午前6時半、私は家を出る。今はもうこの時間は明るいが、冬は真っ暗だ。片道1時間45分、往復3時間半の登下校。これが私の日常だ。別の高校に進学した地元の友人からは、「なんでそんな遠くの工業高校まで行くの?」と呆れられることもある。しかし、私にとってこの3時間半のバス、電車、バスと乗り換える車窓の景色は、夢へ続く滑走路のようなものだ。そこまでしてでも学ぶ価値が、建築にはある。そして、この学舎で同じ熱量を持った仲間と出会えたことが、私の人生を大きく動かしている。
幼い頃の私はLEGOブロックで小さな家を作ることに熱中していた。家にあるLEGOブロックの種類や数は限られていても、出来上がる建物は毎回全然違う。実際に外を歩けば、限られた種類の材料を組み合わせて建てられた多種多様な建築物が目に映る。そこから私は建築に強い魅力を感じ始めた。建設産業に携わりたいという夢を持ったものの、自宅の近くには建築を学べる学校がないことを知り、大学から建築を学ぼうと思っていた。しかし、中学3年生の夏休みに、担任の先生から工業高校の建築科を紹介してもらったのをきっかけに、建築を早く学びたいという自分の気持ちに気付いた。そこから、両親と話し合いを重ねて、工業高校を受験することを決心した。
高校に入学し、建築研究部でコンペに没頭する中で、私はある衝撃を受けた。提示されたテーマは全員同じ。同じ教室で、同じ先生から、同じ知識を学んでいるはずなのに、出来上がった部員の作品は、私のものとは似ても似つかない、全く異なる輝きを放っていたのだ。「悔しい」と同時に、胸が震えた。なぜ、これほどまでに違うのか。それは、テーマへの解釈だけでなく、その人がそれまで生きてきた人生経験、境遇、建築に魅了された理由など、「一人ひとりの生き方」そのものが空間に溢れ出ているからだった。
これは設計図の中だけの話ではない。現場見学やインターンシップで実際に建設現場へ足を運ぶと、そこには頑固なまでのこだわりや、譲れない信念を持った職人さんたちがたくさんいた。誰が作るかによって、建築の温度は変わる。誰が携わるかによって、建設産業の可能性はどこまでも広がっていく。幼い頃、限られたLEGOブロックから無限の形を生み出せることにワクワクしたあの感覚の正体は、これだったのだ。
私は将来、現場監督として建設産業に携わりたい。現場監督の仕事とは、ただ図面通りに建物を建てることではない。それぞれの中にある「建築への強い想い」を持った職人たちを束ね、一つの巨大な芸術を創り上げることだ。十人十色のこだわりがぶつかり合い、響き合う。それこそが、私が目指したいこれからの「建設産業のかたち」だ。私にしか作れない現場がある。私だからこそ引き出せる、職人たちの形がある。その自分だけのかたちを見つけるために、私は今日も、仲間たちと刺激し合いながら、長い通学路の先にある大好きな学舎へ向かう。
◆「高校生の作文コンクール」
【不動産・建設経済局長賞】
「父の仕事と私が学ぶ理由」高瀬柑南さん(静岡県立科学技術高校建築デザイン科1年)
朝起きて部屋の電気をつける。スマートフォンの充電器をコンセントに挿す。そんな、私たちが毎日何気なく繰り返しているこの行動の裏には、実は私たちの暮らしを24時間支え続けてくれている人々がいる。
私の父は電気工事士という仕事をしている。私は科学技術について学んでいく中で、建物の建築に関わる人達のすごさやかっこよさに最近気付かされた。私の父は現在、建築産業の一翼を担い、新しく建てられる家やビルに電線を引き、建築物に新たな命を吹き込む仕事をしている。父はいつも朝早くから仕事に出かけ、夜遅くに帰ってくる。父の作業着はいつも少し汚れていて、腰には重そうな工具を何個もつけている。私は、そんな毎日人のために働いている父を見て、暮らしを支える科学技術を、そして、その中でもとりわけ建築を学びたいと思った。
私は現在、科学技術高校の建築デザイン科で勉強に励んでいる。学校では、建築のデザインや構造、線一本一本を引くことの重みを学ぶ日々を過ごしている。図面を書く難しさに頭を抱えるようになって、私は父がいつも仕事をしているパソコンの画面を思い出した。そこには、私が学校で習う建築の図面の上に、さらに細かく複雑な電気の配線図が重なるように描かれていたのを覚えている。壁の裏や天井の中に、どれほどの長さの電線が通り、それがどう繋がっているのか。父はその複雑な線を読み解き、実際に現場で形にしているのだ。高校で専門知識を学び始めたからこそ、父がどれほど高度で、責任のあるプロの仕事をしているのかが心から理解できるようになってきた。
建築デザイン科の授業では、頑丈な柱や美しい壁の作り方などを習う。しかし、どんなに優れたデザインのビルや、大地震に耐えられる頑丈な家を建てたとしても、そこに電気や水が通っていなければ、それはただの「コンクリートの箱」に過ぎない。父のような設備に携わる職人が、壁の裏に血管のように配線を巡らせることで、建物に初めて「命」が吹き込まれる。照明が灯り、エアコンが動き、パソコンが使えるようになって初めて、建物は人々が安心して過ごせる「生きた空間」になるのだ。建築産業とは、デザインする人、骨組みを造る人、そして命を吹き込む人が、それぞれの専門技術というバトンを繋いでいくチームプレーなのだと強く実感した。
私たちの生活の土台である建築産業は、多くの職人のこだわりと、目に見えない努力によって支えられている。父が毎日、誰かの「当たり前の日常」を守るために現場へ向かう姿は、技術者を目指す私にとって今では大きな目標だ。
私は建築科で建築のデザインや構造、その素晴らしさを学び、将来は誰もが快適に暮らせる空間をつくる仕事に就きたい。そしていつか、父が命を吹き込みたくなるような、素晴らしい建物の図面を引いてみせる。それが、父の背中を追いかけて科学技術高校へ進んだ、私の大きな夢だ。そのためにももっともっと勉強に励んでいきたいと思う。
