川崎市まちづくり局特別企画
―未来をつくる市内の建築物
川崎市は7月1日に市制100周年を迎えます。
その歴史の中で、数多くの公共・民間建築物がつくられてきました。
この企画では、川崎市を代表する公共建築物を中心に、施工した建設会社の担当者の思いを紹介します。
私たちが利用する建築物が出来上がるまでに、どんな物語があったのか。
知られざる建設現場のリアルに迫ります。
1.川崎市新本庁舎

▲川崎市新本庁舎(提供/川崎市)
かつて、4階建ての川崎市旧本庁舎本館があった場所に、今は高さ117㍍を誇る新本庁舎がそびえ立つ。超高層棟は1~3階がエントランスなどを設けた玄関口。免震層を挟み4~5階が電気・機械室、6~21階が執務室、22~24階が市会議場、25階が展望フロアという構成だ。
建築工事を請け負った大成建設の根上茂之(ねがみ・しげゆき)所長は、「施工に当たって、最も特徴的なことは1階床先行工法を採用したことだろう」と話す。同工法は、地下を掘削して切梁と底盤を設けた段階で、1階の床部分を構築。その後に地上部と地下部の躯体工事を並行して行う方式だ。地下躯体の工事を終えた後に地上躯体を築造する従来手法に比べて、工期を短縮できる。
実現に当たっては、大成建設本社と横浜支店からの技術協力を得た。工事の進捗により増加する地上躯体の重量に地下の躯体が耐えられることを確認するため、構造計算を綿密に実施。施工に問題がないことを実証した。
川崎市は、多摩川と鶴見川に挟まれるため、地盤が軟弱だ。地下掘削ではしっかりと土留めを行う必要があり、切梁の量も多い。地下の躯体工事では、張り巡らされた切梁の隙間を縫って鉄骨や鉄筋を入れ込み、組み上げる。資材をどのように投入するか、施工前にCADを駆使して綿密な検討を行った。
最盛期には現場に入場する作業員が1000人を超えることから、現場内の情報がきちんと共有できるよう、各専門工事業者からなる職長会と連携を取り、密なコミュニケーションのもと工事を進めた。

▲川崎市新本庁舎の施工ステップ(撮影:三輪晃久写真研究所 三輪昌央)
①基礎工事の様子 ②地下部に切梁が張り巡らされている様子が分かる
③600㌧のタワークレーン2基で地上部の鉄骨建て方を進めた
④超高層棟と復元棟が完成した
新市本庁舎超高層棟の建設が始まったのは2020年5月7日。折しも新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた時期と重なる。根上所⻑は、「川崎市はエネルギーにあふれる街。(コロナ禍は)ゴールデンウイークにも関わらず、市中心部は閑散としていた」と話す。
少しでも現場の周辺を盛り上げたいという思いで、道行く人の目を引くようにした。5月にはこいのぼりを掲げ、四つあるゲートには、「川崎」「市役所」「⼤師」「稲毛」と街にちなんだ名前を付け、親しみやすくした。「一緒に街を造り上げているという思いで⼯事に臨んだ」。
コロナ禍を乗り越え、市制100周年を迎える川崎はこれからどのような街になっていくのか。新本庁舎はそれを見守ることになるのだろう。
施設概要
施設名 川崎市新本庁舎
設計 久米設計
施工者
〈超高層棟〉
建築工事 大成建設横浜支店
電気その他設備工事 関電工・協和エクシオ・京急電機JV
空気調和設備工事 新菱冷熱工業・川本工業・明和工業JV
衛生設備工事 大成温調・須賀工業・京急電機JV
昇降機設備工事 東芝エレベータ神奈川支社
〈復元棟〉
建築工事 小川組
空気調和設備工事 明和工業
衛生設備工事 東都熱工業
電気その他設備工事 協成電気
規模 鉄骨一部鉄筋コンクリート造・鉄骨鉄筋コンクリート造地下2階地上25階建て延べ6万2356平方㍍
所在地 川崎区宮本町1他
2.複合福祉センターふくふく

▲複合福祉センターふくふく(撮影:株式会社BlueHours 沖 裕之)
縦長の巨大なルーバーを擁する白い建物。建物周囲の広い歩道空間が確保され、そこに街路樹がバランスよく配置されている。一見マンションにも見えるスタイリッシュな外観だが、上層階を特別養護老人ホームとする複合福祉施設だ。
施工現場を取り仕切った山元正一所長は、「既存杭を壊しながらの杭工事だったので、想定よりも時間を要した」と当時の苦労を振り返る。通常であれば、オールケーシング工法で71本の杭を深さ43㍍まで打設するのに2カ月程度の工期で済む。しかし、解体跡地に残された杭が、新たに打つ71本のうちの半数ほどと重なり、既存杭を破壊・撤去した上で新たな杭を打設した。このため、工事に倍の4カ月を費やしたという。
他の課題にも直面した。広い空間を確保するため、研修室の空間中央に柱を設けず鉄骨梁でスパンを飛ばす設計だった。しかし、研修室が狭い道路に面していたため大型クレーンが入れず、鉄骨梁を吊り上げることができなかった。万事休す。と思われたが、なんとか梁を3分割し固定クレーンで吊り上げ、上でまた組み合わせて設置しことなきを得た。
こうして、一つ一つ課題をクリアしながら着々と作業を進める中で、今度は思わぬ事態が発生した。新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延である。当時は、まだ薬もなければ、同感染症に対する理解も乏しい。とにかく現場では、講じるべきとされる対策を行いながら、工事を継続することとなった。作業員は少人数、できるだけ距離を確保し、会話による飛沫感染に注意しながら目の前の仕事を続けた。
そして2021年2月末、本体工事が完了。施工上の課題だけでなく、コロナ禍をも乗り越えて完成に至った「複合福祉センターふくふく」。その外観からは伺い知れない誕生までの苦難を内に湛えながら、今日も使命を果たすべく立ち続けている。
施設概要
施設内容は、1階は「川崎らしくる保育園」や居宅介護・訪問介護施設など、2~3階は総合リハビリテーション推進センター、南部リハビリテーションセンター、ひきこもり地域支援センターなどに活用。4~8階では、特別養護老人ホーム「川崎ラシクル」と障害者支援施設「川崎ラシクル」が運営されている。所在地は川崎市川崎区日進町5-1。施工者は小川・山根・露木・野州・相和技研JV。
3.川崎市青少年科学館 自然学習棟(かわさき宙と緑の科学館)

▲かわさき宙(そら)と緑の科学館
着陸したUFOのようにも見える建物外観。川崎市青少年科学館の自然学習棟だ。地元では「サイエンスプリン」のニックネームで親しまれ、供用開始した2012年から、幅広い年齢層の人々が楽しめる川崎市唯一の自然系科学館として人気を博している。
施工したのは露木・佐田共同企業体。露木建設は以前から、学校や体育館など教育施設の建設を手掛けていたが、プラネタリウムを擁する教育施設を施工するのは初めてのことだった。
最初に直面した施工上の課題は、生田緑地内の丘陵地という土地形状。また、自然環境や景観への影響を極力与えないという条件下で工事を行わなければならなかったため、準備段階から苦労は少なくなかったという。
建物のデザインは美しく見る者を惹きつけるが、見るは易し造るは難し。曲線が多いため、寸法出しや位置出しは容易には進まなかった。また、施設中心部にはプラネタリウムが設置されることもあり、構造躯体の施工精度が強く求められた。
山積した課題を解決に導くために、調整会議が設けられた。施工者や設計者に加え、同科学館の関係者、生田緑地の公園管理者、市の担当者など出席者が延べ40人を超える会議が1日に3~4回開催されたこともあり、技術面や施工工程の在り方などについて話し合いが行われた。プラネタリウムの関係者の中には建設に関する専門知識を有する人も少なくなく、各部門との調整に心を砕いたという。
幾多の課題を抱えながら、問題が生じればその都度立ち止まり、多くの関係者が話し合いながら試行錯誤の中で生まれてきた施設。
プラネタリウムドーム完成時のセレモニーでは、映像を映し出すドーム天頂部のパネルを、関係者が一緒にビスで締めた。その瞬間、一同は感動に包まれたという。
施設概要
構造は鉄筋コンクリート造一部鉄骨造3階建て延べ2149平方㍍。施設内容は、直径18㍍のドームを有するプラネタリウム、天体観測スペース「アストロテラス」、川崎の大地を縮小再現する8㍍の地層タワー、街や川・緑地などで見られる生きものの展示スペースなどで構成。所在地は川崎市多摩区枡形7-1-2。施工者は露木・佐田共同企業体。設計監理は環境デザイン研究所。
4.カルッツかわさき(スポーツ・文化総合センター)

▲上・カルッツかわさきの外観
下・2000席を誇る大空間のホール(提供/川崎市)
カルッツかわさきは、約2000席のホールと約1500席の大体育館があるスポーツ・文化総合センターだ。老朽化した川崎市体育館と教育文化会館大ホールを建て替えに当たって複合した。整備に当たってはPFI-BTO方式を採用。SPCのアクサス川崎が事業者となり、代表企業である鹿島が施工を担当し、2017年10月1日に供用を開始した。
2年半の工期のうち、現場で働いた所員と作業員は延べ約11万3000人にも及ぶ。鹿島の菊池敏正(きくち・としまさ)工事事務所長は、「『みんなで、一生懸命、自分で誇れる仕事をしよう』をスローガンに、一丸となって取り組んだ」と当時を振り返る。
音楽コンサートの会場にもなるホールは、高い遮音性能が求められるため、仕上げ工事と音響の調整に多くの時間を要する。その期間をいかに確保するかが課題だった。菊池所長は「(仕上げ工事に至るまでの)杭工事・山留工事から躯体工事までの施工を合理化して、作業効率を向上させた」と話す。山留土工事から地下躯体工事では、構台を設けず、動線をスロープで確保して現場に入りやすくした。また、切梁を大幅に削減して、クレーンを扱いやすくするなどの工夫を行った。
こうした創意工夫により、所定工期内の引渡しと無事故・無災害を達成。「竣工式で原発注者である福田紀彦川崎市長から感謝されたことが印象に残っている。現場解散会では、所員・職員にその話をし、全員でその喜びを分かち合った」
建設業では担い手不足が叫ばれる。菊池所長は、建設業の魅力を「自分が考えた通りにつくった建物が出来上がったとき、そして、自分が一生懸命に仕事をしたその先に顧客から感謝されたとき、それが自分の喜びとなる」と表現する。「楽しそうだと思ったならば、是非この仕事にチャレンジしてほしい」と菊池所長は促す。「私は、この仕事にずっと携わることができて、とても幸せだ」。
施設概要
施設名 川崎市スポーツ・文化複合施設「カルッツかわさき」
設計 日本設計・鹿島
施工者 鹿島
規模 鉄骨一部鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て延べ2万5423平方㍍
所在地 川崎区富士見1
5.三井ショッピングパーク ラゾーナ川崎プラザ

▲ルーファ広場は訪れた人の憩いの場になっている
三井ショッピングパーク ラゾーナ川崎プラザは、店舗面積約7万7000平方メートルの商業施設であり、豊富な食物販ゾーンの他にも、書店、アパレル、雑貨、家電量販店、ホームセンターなどから、映画館、スポーツクラブに至るまで約320店舗が揃う「究極のワンストップ施設」になっている。JR川崎駅に直結しているため、川崎市内外からアクセスしやすい。2006年にオープンして以来、平日と休日を問わず、多くの人が訪れている。
川崎駅から歩いていくと、延長約170㍍の大屋根があるルーファ広場が広がる。こちらの大屋根は、バルセロナ国際空港や銀座資生堂ビルを手掛けたスペインの建築家、リカルド・ボフィル氏がデザインしたものだ。直径約60㍍の広場は、買い物の途中で芝生に腰を下ろす親子連れなどでにぎわう。音楽や野外物販などのイベントも連日開かれており、ラゾーナ川崎プラザを象徴する場所の一つだ。
施設の設備やテナントが時代のトレンドから遅れないよう、数年ごとに大規模リニューアルを行っている。18年度には、約100店舗を入れ替え・改装した他、食物販ゾーンを大幅に拡大するだけでなく通路幅を均一化して回遊性を高めた。コンクリート舗装だった広場も人工芝に変更し、くつろぎやすくした。三井不動産の同施設担当者は、「多くのお客様に来ていただける、利便性が高く楽しい施設を目指しています」と話す。
LAZONAは、スペイン語で縁・つながり・絆を表す〝Lazo〟と、地域を表す〝Zona〟を組み合わせた造語。東芝の旧堀川町工場を開発して生まれた施設は、首都圏に住む多くの人々と川崎のまちをつないでいる。
施設概要
施設名 三井ショッピングパーク ラゾーナ川崎プラザ
施主 野村不動産、三井不動産
設計 山下設計、リカルド・ボフィル
施工者 清水建設
規模 鉄骨造・鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て延べ約17万2300平方㍍
所在地 幸区堀川町72-1