連載『多様性の時代』

 少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少によって、全産業で働き手が不足しています。多様な人材を受け入れることが、持続可能性が高く、成長を続ける企業に欠かせない要素となっています。他産業と比べ、働きやすい職場環境の整備が遅れている建設業も例外ではありません。高齢者をはじめ、女性や外国人、障害者といった多様な人材の受け入れに取り組む関係者に取材し、連載します。

①高齢者の労働災害防ぐ 安全・安心な職場環境に 2024/10/1

 
 建設業の高齢化が止まらない。2023年度時点で、60歳以上の雇用者の割合は全体の23・8%にも上る。若年入職者が減少し、中堅層の空洞化も進んでいる建設業は、高齢の技能者に頼ることで、なんとか施工力を維持している。現場で働く高齢者の増加が今後も見込まれる中、安全を確保し、施工力を維持するためには、高齢者に特化した労働災害防止対策が欠かせない。
労働災害による死傷者数
▲全体の労災件数が減っている一方、60歳以上の労災件数は横ばいのまま
 
 政府の「第14次労働災害防止計画」では、高年齢労働者の労災防止に向けたハード・ソフト両面の対策が必要としている。厚労省の担当者によると、ハード面の整備と比べ、事業者が労働者の健康情報を把握して対応するソフト面の取り組みは進んでいないという。
 その理由の一つが、各事業者が把握している健康情報のバラつきだ。複数の下請けがいる現場で、健康診断の結果だけを把握し、高齢者の平衡感覚などの測定結果を把握していない事業者がいると、元請けは適切な判断が難しい。
 また、個人の健康診断結果は秘匿性が高く、下請けから診断結果を受け取った元請けは情報管理の責任が重くなる。健康診断の結果から労働者の仕事内容を決めることが不利益な取り扱いにあたるのでは、と考える元請けも多いという。
 こうした中、建設業労働災害防止協会(建災防)は、高年齢労働者の労災防止対策の在り方に関する検討委員会を立ち上げた。高齢者の労働災害が建設現場でも増加しており、現場の課題を把握し、個人事業者などの取り組み事例を収集。効果的な労災防止手法を横展開できるような周知啓発の在り方を検討する。
 厚労省も25年度当初予算の概算要求でエイジフレンドリー補助金の拡充を要望。60歳になる前の労働者も対象に加齢による身体機能の低下を補う施設、設備、装置など職業環境の改善を促す。
 日本商工会議所と東京商工会議所の調査では、建設業の41・6%が60歳以上の人材を受け入れたいと考えているといという。厚労省によると60~69歳の建設技能者の年間賃金水準は401万円と全産業平均に比べて10%も高い。技能と経験がある高齢者が現場を支えている今だからこそ、高齢者にも安全・安心な環境整備が求められる。
 

②仕事と育児・介護を両立 休暇を取りやすい職場に 2024/10/8

 
 2023年度の建設業における男性の育児休業取得率は29・7%で、22年度に比べて14・2ポイント伸びた。一方、育休取得者の60・1%は1カ月未満で職場復帰しており、取得期間は短い。このまま社会全体の高齢化が進めば、介護を理由にした休暇取得が必要な人も増える。労働者が仕事と育児・介護を両立できる環境の整備は喫緊の課題だ。
男性の育休取得率と取得期間
※育休取得期間の調査は15年度、18年度、21年度、23年度に行われた
 
 23年度の建設業における女性の育休取得率は13・3ポイント増の89・1%だった。全産業で男女の育休取得率が上がっているが、いまだに約7割の男性が育休を取得していない。
 建設業において22年度に通算93日間の休業が認められる「介護休業取得者」がいた事業所は0・5%、1人当たり年間5日間の休暇を取得できる「介護休暇取得者」がいた事業所は1・3%と、介護を理由とする休業の取得率も著しく低い。
 長期の休業を取得しなかった労働者の主な理由は、「収入を減らしたくない」「職場に取得しづらい雰囲気がある」「自分にしかできない仕事や担当している仕事がある」「会社に制度が整備されていない」など。建設業でも、途中交代が難しい監理技術者制度の他、人手が不足する現場で休暇を取得しづらい雰囲気などがあり、長期の休業が取りにくくなっているのではないか。
 国土交通省は、現場での働き方改革を進めるため、監理技術者の「専任」は現場の常駐を意味しないと明示し、育児や介護などで現場を離れる労働者がいても適正な工事を確保できる体制を構築するよう求めている。
 厚生労働省では、25年4月から改正育児介護休業法を施行。子どもや要介護の家族がいる労働者が休暇を取りやすい環境整備を目指している。また、育休・介護の制度を整備していない中小企業への支援事業や、休業中の労働者とその企業への金銭的支援などの内容を拡充する。
 厚労省の担当者は、「労働者が安心して休める環境整備に向け、労働者が休暇を取得する前に、人事異動や新規採用によって人手を確保したり、従業員への業務の配分を見直したりしてほしい」と呼び掛ける。
 厚労省の調査によれば、男性の育休取得率は若者の就職活動の参考にもなっているようだ。男性の69・9%が少なくとも1カ月以上の育休取得を希望し、調査対象者の61・0%が男性の育休取得実績がない企業には就職したくないと回答した。建設業で若年者の入職を増やすためにも、育児・介護休業制度の環境整備は必須となりそうだ。
 

③働き方改革の推進が鍵に 労働市場に精神障害者 2024/10/15

 
 2024年度から障害者雇用率を巡る仕組みに3年続けて変化がある。企業は障害者をこれまでよりも多く雇う義務が生じるが、建設業では少しの不注意が大きな事故につながるため、雇用をためらう事業者は多い。ただ、障害者への理解や配慮を前提とした企業の働き方改革が進めば、障害者の雇用は必ずしも難しいものではない。
 障害は、手帳の種別により身体障害、知的障害、精神障害の三つに大きく分かれる。障害特性への配慮を踏まえ、事務職に適性のある身体障害者の採用を希望する企業は多いという。
 障害者の職業的自立などを支援する高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の担当者は、「近年は統合失調症やそううつなどの精神疾患がある障害者が企業での就労を多く目指すようになった。そういった方をターゲットに雇用を進めるのもこれからのトレンドの1つ」と話す。
 精神障害者には、環境変化や複雑な作業が苦手な人、気分の浮き沈みによって心身が疲れやすい人などがいる。雇用には、コミュニケーションをしっかりと取れる体制や、週休2日制、短時間勤務などの体調面にも配慮した柔軟な働き方、作業手順習得へのサポート、通院などに配慮する環境整備が求められるが、長時間労働の是正と柔軟な働き方の推進は、働き方改革の内容そのものと言える。
障害別の有効求人者数
 
 建設業で働く障害者は2023年度に2855人いたが、全産業で働く障害者の2・6%にとどまる。JEEDの担当者によると、障害者職業能力開発校などで一定数の障害者が建設関連の技能訓練を受けているものの、直接建設業の就職につながる事例は多くはないという。
 一方、これまでに現場監督や情報システム課の事務職、土木積算業務、法面処理工事、足場機材類の整理整頓などに従事する事例があるのも事実だ。障害特性を理解した上で、障害者に働きやすい環境を整えれば、誰もが働きやすい職場となり、社員の定着にもつながるはずだ。
 24年度には、法定雇用率が2・3%から2・5%に引き上げられた。25年度には、建設業に適用される障害者雇用の除外率が20%から10%に引き下げられ、続く26年度には障害者の法定雇用率が2・7%に引き上げられる(現在は2・5%)。例えば、正社員200人の建設業は、24年度まで障害者3人の雇用を求められるが、26年度以降、障害者4人の雇用が必要になる。経営者にとって、制度改正は障害者雇用と働き方改革について考えるきっかけとなりそうだ。
 

④経験を考慮した取組を 外国人労働者の労働安全 2024/10/22

 
 労働力不足が深刻な日本では、外国人就労者の存在が欠かせなくなっている。建設業においても技能実習生や特定技能外国人が年々増加している。ただ、外国人就労者は現場での経験が浅く、労働災害に遭う可能性も高い。外国人就労者が人手不足を補う即戦力としての期待に応えるためには、受け入れ企業が安全衛生教育を怠ってはならない。
 2023年の建設業における外国人労働者の労働災害発生状況は、特定技能外国人の受け入れが始まった19年に比べて69・8%増の997人にも上った。受け入れ人数の急速な増加があるとは言え、建設業で働く外国人就労者の労働災害は全業種の17・6%を占める。
2023年度建設業における死傷災害(外国人就労者)
 
 外国人労働者の労災発生状況を型別に見ると、「はさまれ・巻き込まれ」が最も多い20・8%。労働者全体では「墜落・転落」による労災が全体の31・6%を占めるが、外国人労働者では18・7%となっている。労働災害が発生する原因や、現場で携わっている作業が日本人と異なることが背景にはありそうだ。
 外国人就労者の労働災害には、コミュニケーションに起因するものもある。正確な意思疎通が図れないと、外国人労働者の身体的な労災だけでなく、パワハラなどによる精神障害につながるリスクも高まる。
 厚生労働省は、外国人労働者の母国語を使った教材の使用や視覚で認識できる安全標識の掲示を推奨している。既存の安全標識に加え、24年度末までに新しい10~20種類の安全標識も作成する予定だ。厚労省によると、「オリジナルで安全標識を作っている事業場もある。外国人労働者だけでなく全ての労働者が認識しやすくなる」(労働基準局安全衛生部安全課)と話す。
 この他、厚労省は24年度からオーストラリアやカナダなど外国人労働者を多く受け入れている諸外国を調査している。諸外国が外国人労働者を受け入れる際に必要とする要件や、受け入れ後の教育内容、教育方法、教育に使用する言語、送り出し国での事前教育について調べる。調査は26年度まで継続し、成果を報告書にまとめる。
 今年6月、技能実習制度に代わる育成就労制度を創設するための改正入管法が公布された。外国人就労者に「選ばれる国」を目指し、安全・安心に働ける現場を整備する必要がある。
 

⑤SNS運用で若手を採用 「採用に間違いなくつながる」 2024/10/29

 
 建設業では、多くの企業が若い人材の獲得に苦しんでいる。建設業に根付いてしまったマイナスイメージが拭い切れていないのが現状だ。一方、SNSを使って若者に建設業の魅力を発信する企業もある。レナトゥス(横浜市鶴見区)もそういった企業の一つだ。
 レナトゥスは電気工事業を主とする企業で、2023年4月に設立。23年の年末にSNSを開始したところ、内容が大きく〝バズった〟結果、10月までに200人以上と採用面接を行ったという。
 同社が運用しているSNSは、インスタグラムとTikTok(ティックトック)。「建設社長のあやか」というアカウント名で、佐藤綾華代表取締役=写真=が採用を呼び掛ける動画や「電気工事士あるある」を紹介する動画などを投稿している。アカウントのフォロワー数は、どちらも2万5000人に上る。
佐藤綾華代表取締役社長
▲レナトゥスの佐藤綾華代表取締役社長
 
 投稿は、内容を企画・撮影してくれるSNS運用代行会社に外部委託している。佐藤社長は「委託料は安くないが、費用対効果は高い。若者のSNS利用率が上がっている中、SNSでの発信や求人は若者や女性の採用に間違いなくつながる」と強調する。
 実際に閲覧者から多くのダイレクトメッセージ(DM)が届き、多い時には1日7人と面接するほどだった。同社の求人に応募してきた多くは20~30代の男性で、若い女性や中高年の男性もいた。現在10人ほどを雇っている。うち、2人は10代と20代前半の女性だ。「モチベーションが非常に高く、将来独立したいと言ってくれる」と佐藤社長は評価する。
 ただ、SNSでの発信はポジティブな側面ばかりではない。求人に面白半分で応募する人や、採用して10日も経たずに辞めてしまう人も少なくない。対面で話す時にその人自身を見極める力が必要だ。
 投稿内容がこれほど注目を浴びた理由として、佐藤代表取締役は、「女性社長が珍しかったのだろう」と分析。「技術者をどんどん増やしたい。女性も働きやすい職場環境を整備したい」と今後の取り組みにも精力的な姿勢を示した。
 7月に行われた東京都知事選では、石丸伸二氏がSNSを駆使して若年層の支持を獲得し、大きな話題となった。若年層に与えるSNSの力が顕在化したとも言える。SNSを利用すれば、女性を含む若年層に建設業の魅力をより広く伝えることができそうだ。