連載『ニホンで働く』

 人口減少に伴う担い手不足が叫ばれる日本の建設産業。外国人の送り出し国として、従来はベトナムからの入国者数が大半を占めましたが、産業の成熟もあって日本での就労者数の伸び率は徐々に頭打ちになりつつあります。この連載では、日本の労働市場に強い関心を見せるインドネシアの事情や、同国の若者の声に加え、技能実習から育成就労への制度転換が今後及ぼすと見られる影響を解説します。

①「外国で働くなら、日本へ」 巨大な労働力のポテンシャル 2024/9/12

 
 世界第4位、約2・7億人の人口を誇るインドネシア。国民の半数以上が15歳~32歳という若い国が、今、働く場所を国外にも求めている。「外国で働くなら、日本に行きたい」という思いを抱く若者は少なくない一方で、建設業は危険だというイメージが就労の壁となる。日本の建設業の魅力を同国でアピールする建設技能人材機構(JAC)に同行し、現地の声を取材した。
 「このチャンスを最大限に生かしたい」。JACがインドネシアの首都近郊で開いた「日本の建設業務体験会」のオープニングセレモニーの席上、同国労働省のアンワル・サヌシ事務次官はこう述べた。このイベントは、インドネシアを人材受け入れの最重要国の一つに位置付けるJACが、日本の建設業について現地の学校関係者と生徒、政府関係者に発信するため、初めて開催した。事務次官の発言は、日本の労働市場への期待の高さの表れでもある。
 背景には、24歳未満の若年層で16%強にも上る高い失業率がある。膨大な若年人口に対して国内産業の働き口が不十分で、就学も、就労もできていない若者が少なくない。アンワル氏は日本の建設業への就労が、将来のキャリア形成の機会につながると強調した。
 イベントでは、同国各地の学校・工業高校などから82人の教員、17人の学生らが参加。展示スペースに再現された足場や鉄筋施工、型枠施工を体験した。
 JACの山本博之専務理事は「日本の安全対策と優れた技術を知ってほしい」と参加者に呼び掛けた。工事現場でのヘルメットや安全帯の使用が一般的でないインドネシアでは、建設業が危険だというイメージが根強い。そうしたイメージを持つ若者やその親に対し、日本の労働安全衛生の水準をアピールする狙いだ。
 参加したある国立学校の学生は「ヨシ」という指さし呼称を見るのも初めてで、初めは何をしているのかと驚いたという。「説明を聞いて(意義が)よく分かった」と笑った。引率の教員は足場をはじめツールの先進性に着目。インドネシアとは全く違うといい、「学生のためにもぜひ使ってみたい」と話した。

日本の足場を体験し、「ヨシ!」と指さし呼称するインドネシアの学生

▲日本の足場を体験し、「ヨシ!」と指さし呼称するインドネシアの学生

 
 開催後のアンケートでは、学校関係者・学生の回答者の98・5%とほぼ全員が「とても満足」と回答。「日本の建設業に関心が持てた」「働くイメージがわいた」との回答も多く寄せられた。
 参加した学生からは、言葉や食べ物、気候などさまざまな不安の声も聞かれた。当日は日本の受け入れ制度の説明や、言葉・暮らしのサポート体制、技能向上支援の仕組みなどを説明するコーナーもにぎわいを見せた。建設業の魅力発信とともに、不安の解消もこのイベントの重要な目的の一つだ。
 JACは今回の活動を端緒に、秋以降にインドネシア各地の学校を訪問する計画だ。アンケートに回答した教員51人は全員が訪問説明会の開催を希望した。山本専務理事は「10月以降、草の根的な巡回訪問を展開していく」と先を見据えている。
 

②「プロフェッショナルになる」 賃金、イメージが魅力に 2024/9/13

 
 日本で働くインドネシア人が急増している。厚生労働省の調査では、2018年からの5年間で3倍に急増し、23年には12万人を超えた。彼ら、彼女らが日本を選んだ理由は何か。建設分野での就労に向けて研修を受けている若者たちに取材すると、自国よりも高い賃金水準への期待とともに、高度な技能を備えたプロフェッショナルとなることへの憧れを語ってくれた。
 インドネシア人材の採用・育成を手がけるOSセルナジャヤが首都ジャカルタの近郊に設けている研修センター。技能実習などの在留資格で就労することを目的に、主に10代後半のインドネシアの若者たちが日本語や技能を学んでいる=写真
 
 日本で働く理由を聞くと、ある若者は「耐震や構造といった、建設の技術を学びたい」と話した。インドネシア各地で出稼ぎに出た経験のある若者は、日本で「現場の仕事、建設の技術を身につけ、家族を支えたい」と述べた。
 OSセルナジャヤの藤井猛氏は、日本での就労で特に建設業が選ばれる理由に賃金水準の高さを挙げた。技能評価試験がなく就労までの期間が短くて済む技能実習では「すぐに仕送りしたい」といった金銭目的、特定技能では「手に職をつけたい」というキャリアアップ目的のウエートが大きくなる。特定技能による就労者の中には、インドネシアに帰国後、大手建設会社への就職を目指す人もいるという。
 インドネシアでは賃金水準が上昇を続けており、高卒の単純労働者でもジャカルタで工場に就職できれば、月給は5万5000円程度になる。建設の技能実習生の手取りは10数万円だが、数カ月にわたる日本語の学習や渡航費を踏まえると、その魅力は目減りする。とはいえ、特に地方部では雇用の受け皿が限られ、月給2万円程度の地域も多い。当面、日本への労働市場への人材供給が途切れることはなさそうだ。
 建設分野の特定技能では、受け入れ時に建設技能人材機構(JAC)が、受け入れ後に国際建設技能振興機構(FITS)が日本人の賃金水準と同等なことを賃金台帳で確認している。JACの山本博之専務理事は「外国人の処遇をしっかり守るスキームがある」と強調する。
 賃金や技術水準の高さに加え、日本の文化も就労先としての競争力に一役買っていると藤井氏は見る。冒頭の研修センターで、日本のイメージを聞くと、「きれいな国」「アニメ」「規則を守る」という答えが返ってきた。SNSで日本での暮らしを発信するインドネシア人就労者も多い。
 残念ながら、技能実習生の失踪や特定技能での早期離職という問題が建設分野にはある。適正な就労環境を担保し、日本で就労する外国人のポジティブなイメージを守ることが、継続的な人材確保のサイクルを維持する上でも極めて重要になる。
 

③日本の建設業の価値示す 若手を育てる独自の文化 2024/9/17

 
 急速な円安の進展による賃金の目減りを背景に、外国人労働者の“日本離れ”が取りざたされている。だが、「外国人労働者の供給は途絶えない」と外国人材の雇用に詳しい杉田昌平弁護士は説く。新卒(未経験者)を採用する日本独特の雇用慣行が、外国人材にとってはキャリア形成の入り口として機能し、人材を引きつける「世界のトレーニングセンター」となる可能性があるのだという。
 アジア圏の出稼ぎ労働者は数百万人規模とされるが、日本をはじめ先進国の受け入れ枠は限られる。短期で賃金を稼ぐ必要がある層は、就労に要する期間の短い中東地域を目指すが、低賃金に加え、労働安全衛生の低さが大きな問題だ。結果、安全で賃金水準が高い日本での就労のあっせんをうたい、労働者からお金をだまし取る詐欺もインドネシアで起きている。
 建設技能人材機構(JAC)がインドネシアで開いた、現地の学生・教員向けの建設業務体験会。建設業団体や受け入れ企業を会員とするJACが主催し、富士教育訓練センターなどの協力を得て安全性の高い足場や鉄筋・型枠の施工技術をアピールした。建設分野の特定技能外国人の保護を担う国際建設技能振興機構(FITS)の神山敬次専務理事も登壇し、参加した学校の教員に「教え子たちが日本で安心して働けるよう、全力でサポートする」と述べた。杉田氏はこのイベントについて「日本へ行ける道筋を透明化し、建設業の安全性を国際労働市場に示したという二つの点で画期的だ」と力を込める。

型枠施工を見学するインドネシアの若者たち

▲型枠施工を見学するインドネシアの若者たち

 
 杉田氏はまた、日本の外国人材受け入れの特殊性として、未経験者にもビザを出す点を挙げる。新卒採用の慣行が外国人にも適用された形だが、他の先進国では一定以上の経験を求めるのが普通だ。特に、建設業には手厚い人材育成の文化が根付いている。経験と技能を得られる日本の建設業の文化は、他国との人材獲得の競争力に直結する。
 とはいえ、実質的に永住が可能な特定技能2号になるには、日本語・技能の両面で試験などのハードルが課される。今後の日本では、永住者が増え続けるというより、一定割合は帰国し、新たな労働力が外国から供給され続ける「循環型」になるというのが杉田氏の見立てだ。
 2027年には、技能実習に代わる新たな在留資格「育成就労」が始まる。就労開始までに一定以上の日本語能力が要件として課されるため、技能実習よりもハードルは高い。「最初から(技能評価試験と日本語能力の求められる)特定技能で来る人が増えるのではないか」とJACの山本博之専務理事はみている。
 外国人が技能を高められる環境と、技能に応じた適正な処遇の担保は、「循環型」の人材確保を支える車の両輪だ。送り出し国での技能研修や日本語講習のサポート、受け入れ計画の適正性の確認などを担うJACが果たす役割はますます大きくなる。「外国で働くなら、日本で」というインドネシアの若者の期待に応え続けることが、担い手不足に悩む日本の建設業を支えることになる。(おわり)