品確法の20年 変わる公共工事と建設業

(1)岸田前首相「建設業の活躍支える法律に」 2025/4/1

 
 公共工事の品質の確保を目的とする品確法が施行され、きょう4月1日で20年がたつ。品確法が施行された2005年は、建設投資がピーク時の6割まで落ち込み、倒産が大幅に増加していた建設業の「冬の時代」。市場縮小に伴って横行したダンピングを防止するため、「価格と品質が総合的に優れた内容の契約」を目指した品確法には、関係者のどのような思いが込められていたのか―。自民党品確議連の制度検討部会長として法案をまとめた岸田文雄前首相=写真=に話を聞いた。
岸田文雄前首相
 

■良質なインフラ、次世代に引き継ぐ

 
―05年の品確法制定にどのように関わったのでしょうか。

 「品確議連の制度検討部会長として、法案とりまとめの実務を担った。それ以前に建設政務次官を務めていたこともあり、建設業界とも縁があった。当時は、ピーク時の1992年度に84兆円あった建設投資が52兆円まで縮小した大変厳しい時代。受注競争の激化でダンピングが横行していた」

 「国民の大切な財産である社会資本は、良質なものとして引き継いでいかなければならない。ひたすら安い価格を提示した事業者が良質な施工をできるのかという問題意識を持ち、この法律を絶対にやり遂げるという意志を持って臨んだことを覚えている」

 

―価格と品質で総合的に落札者を決める総合評価落札方式の定着を目指しました。

 「法案を検討する段階では、会計法の原則である予定価格の上限拘束性の撤廃を議論した。この壁を乗り越えようと努力したが、上限拘束性を廃止すると、公共調達全体に影響が出てしまう」

 「競争が激化し、生き残ろうと必死でもがいている方々がいる中で、ダンピングを放置すれば悪貨が良貨を駆逐してしまう。そうした最悪の事態を避けるため、上限拘束性の原則を維持した上で、品質と価格のバランスをとるルールづくりを急いだ」

 

■今後も市町村支援に注力

 
―法律には、実際に総合評価を運用する地方自治体を支援する考えも盛り込みました。

 「市町村が技術力や安全性といった価格以外の要素を見極める能力を身に付けなければ、総合評価が絵に描いた餅になる恐れがあり、このことについてさまざまに議論したことを記憶している」

 「その結果、国と都道府県が市町村をしっかり支援しなくてはらないという結論に達した。品確法は、その後の改正で市町村に対する支援がより手厚いものになっている。これからもこの点についてはさらに工夫し続けなければならない。発注者が見極める力を持ち、目利きとしての能力を維持できるか、ここは今後もポイントであり続けるだろう」

 

―品確法は2014年の改正で「中長期的な担い手の育成・確保」を基本理念に追加しました。

 「担い手の育成と確保は建設業にとって大変大きな課題だ。品確法は、これまでに3度改正しているが、絶えずこのことがテーマになっている。建設業がいわゆる3Kと言われた時代から、新4Kへと環境を変えていかないと、建設業が産業としての持続可能性を高めることはできない。建設現場を若い世代にとって魅力的な職場へと変える意識をこれからも持ち続けるべきだろう」

 

■品確法「さらに充実させるべき」

 
―3度目の改正となった品確法がきょう4月1日から本格運用されます。これからの品確法に何を期待しますか。

 「建設業はインフラを建設し、維持する、社会にとって大変大きな存在だ。災害の時代と言われる中にあって、防災・減災、国土強靱(きょうじん)化、さらにはインフラの老朽化対策といった大きな役割を担っている。災害発生時には応急復旧などに携わる『地域の守り手』でもある」

 「こうした重要な役割を担う建設業がこれからも活躍できる環境を整えなくてはならない。品確法はさまざまな課題の解決に結果を出してきたと自負している。これからも、建設業を取り巻く環境を整備する上で、間違いなく大きな役割を果たすと確信している。政治に関わるわれわれも、この法律をさらに充実させたいと考えている」

  

(2)市場縮小と過当競争の時代 公共発注者に新たな規範 2025/4/8

 
 1990年代に一般競争入札が導入され、2000年代に入ると小泉内閣によって公共事業費も削減されるようになった。2000年代半ばは、市場の縮小と過当競争によって、インフラの品質が危ぶまれるようになった時代だ。「価格と品質が総合的に優れた契約」を基本理念と、総合評価落札方式の法的根拠となった品確法は、こうした時代背景の中で誕生した。
 2000年2月、自民党の有志議員でつくる研究会は「公共工事の品質確保と向上に向けて」と題した提言をまとめた。公共工事の品質確保を強く訴えた研究会は03年6月に「公共工事品質確保に関する議員連盟」(品確議連)へと改組。その後、議員立法として品確法を制定するに至った。
 
 相次ぐ不祥事によって公共工事に透明性や競争性の確保が強く求められていた当時、入札契約適正化法と官製談合防止法が相次いで成立。品確法の施行直後には課徴金減免制度を創設した改正独占禁止法も施行されている。地方自治体にも公共工事にコスト縮減を求める首長が少なくなかった。
 国土交通省で入札制度企画指導室長を務め、品確法の法案検討にも携わった建設業振興基金の谷脇暁理事長は「工事の品質に不安を感じる発注者が増えはじめ、業界もダンピング対策の強化を訴える。価格競争の偏重をただそうという雰囲気ができあがりつつあった」と、当時を振り返る。
 品確議連では、落札額が予定価格を上回ることができない「上限拘束性」の撤廃も検討したが、この会計法の原則を見直すまでには至らず、価格と技術力を評価して落札者を決定する総合評価を定着させ、ダンピングを排除することを優先した。
 施行当時の品確法に対し「業界の関心は必ずしも高くなかった」(谷脇理事長)という。その後の品確法の成果によって、今でこそ総合評価は公共工事の発注方式として定着したが、当初の総合評価は高度な技術提案を求められる大型工事だけに適用されると受け止められ、業界が期待した予定価格の上限拘束性撤廃も実現しなかった。
 品確法施行後も、公共事業費の削減が続き、過当競争によるダンピング受注がしばらく減少することはなかった。
 それでも、谷脇理事長は「品確法の制定には大きな意義があった」と強調する。「適正な公共調達の在り方を発注者に求められるのが品確法。業界の要望を整理整頓し、改正のたびに法律に加えることができる」と、施行から20年の品確法の効果を評価する。
 ダンピング受注減少の転機となったのは、11年3月に発生した東日本大震災だ。未曾有(みぞう)の被害をもたらしたこの災害によって、ダンピングの横行で疲弊した建設業の人手不足が表面化。この問題に対し、品確法の枠組みが大いに生かされることになる。
 

(3)基本理念に「担い手の確保」 政策の柱に技能者の処遇改善 2025/4/15

 
 2013年3月、公共工事設計労務単価が全国全職種平均で前年度と比べ15・1%引き上げられた。法定福利費相当額の本人負担分を上乗せしたこの時の単価改訂以降、労務単価は直近の今年2月の改訂まで13年連続で上昇する。翌14年5月の改正で品確法に追加された「中長期的な担い手の育成・確保」という基本理念は、すでにこの時の単価改訂の底流にあった。
 国土交通省は、品確法改正の前から、建設産業政策の柱を技能者の処遇改善に置くことを決めていた。12年から建設業課長を務めていた青木由行氏(現・不動産適正取引推進機構理事長)は「転機になったのは東日本大震災だった」と振り返る。
 震災直後、大量の復旧・復興工事をこなす建設業は、人手不足や資材価格の上昇といった厳しい環境に追い込まれた。今の人手不足を疑似体験するような当時の状況で、「技能者の処遇を改善することが、全ての出発点になるのではないか」(青木氏)と政策のターゲットを技能者に定めた。
 青木氏は、労務単価がその後も継続的に上昇することで「労務単価の上昇が元請けの利潤にもつながる」という共通認識が業界内に広がることを感じたという。上昇した労務単価が予定価格に反映され、元請けの請負価格が上昇する。その原資が技能者の賃金に行き渡ると、さらに労務単価が上昇するというサイクルが出来上がった。
 建設業法・入札契約適正化法と一体の「担い手3法」の一つとして改正された品確法が、技能者の処遇を改善し、担い手を建設産業に呼び込もうという政策の方向性を決定付けた。
 この時の改正では、受注者に「適正な利潤」を確保することも発注者の責務に追加した。担い手の確保に必要な利潤を受注者が得られるよう、発注者は予定価格を適正に設定する。このことが20年ぶりの一般管理費等率の見直しや歩切り廃止などの動きへとつながった=表参照
 
 また、「法律をつくっても発注者への罰則はなく、強制力がないのではないか」という不安に応えるため、国交省は品確法の下に運用指針をつくることを提案。「公共工事の入札に〝秩序〟をつくろうとした」(青木氏)というこの運用指針によって、例えば最低制限価格を設定していなかった発注者に対し、国が改善を強く働き掛けることもできるようになった。
 当時は、公共事業費が回復基調に転じたとは言え、今の状況と比べればまだまだ人手に余力があった時代。建設産業は、品確法によって10年早く対策を講じることができたが、青木氏は「他産業と競争できるところに辛うじて踏みとどまっているにすぎない。より一層の対策を講じ、産業としての持続性を高めてほしい」と話す。
 

(4)自治体発注、段階的に改善 公共調達に最低限のルール 2025/4/22

 
 過当競争を防止し、受注者に担い手を確保・育成できる適正な利潤をもたらす―。品確法は、この基本理念の下、1990年代から2000年代に大きく変わった公共投資の市場で、発注者が守るべき最低限のルールをもたらした。具体的な規制・罰則を定めない「理念法」であるにも関わらず、品確法はこの20年の間、問題視され続けた市区町村の発注関係事務を段階的に改善させてきた。
 品確法では、第7条に「発注者の責務」が設けられている。05年の施行時には3項目だったこの規定は、24年の改正までに21項目に増えた。14年の改正後には運用指針も定められ、発注者の責務を順守するための細かなルールも定められている。
 
 この20年で市区町村の発注関係事務はどのように変化したのだろうか。品確法に法的根拠を定めた総合評価落札方式を導入している市区町村(政令市除く)は、06年4月に13市区町村だったが、24年7月時点の国土交通省などの調査で1078市区町村(61・9%、試行導入含む)まで増えた。
 低入札価格調査制度・最低制限価格制度のいずれも導入せず、最低限のダンピング対策すら講じていなかった市区町村は、05年10月に663市区町村と全体の29・8%に上ったが、直近の24年7月時点で69市区町村とわずか4・0%まで減少した。
 低入札価格調査基準と最低制限価格の設定範囲は、09年3月まで予定価格の66・6%~85%だったが、75%~92%へと見直した。独自のモデルによってこの設定範囲を上回る基準を設けている自治体も出てきている。
 19年6月の改正では、適正な工期設定や週休2日工事の実施も発注者には求められるようになった。休日(週休2日、年末年始など)を考慮して工期を設定している市区町村は19年11月に635市区町村(36・9%)だったが、24年7月には1243市区町村(72・2%)に倍増。
 週休2日工事を実施している市区町村は19年11月の83市区町村(4・8%)から、24年7月に950市区町村(55・2%)へと増加している。
 こうした変化の全てが品確法によるものではないとは言え、改善に向けた起点の一つになっていたことは間違いない。14年6月に品確法に位置付けられ、全ての市区町村が参加している地域発注者協議会も改善の推進役を担った。
 品確法は「直轄工事で範を示し、地方自治体に自らルールを変えてもらうことしかできなかった」(青木由行不動産適正取引推進機構理事長)というそれまでの公共調達に順守すべき規範と、改善を指導するための手段をもたらした。さらに、3回目となった昨年6月の改正によって、品確法の自治体に対する強制力はさらに強まることになった。
 

(5)発注者責務に価格転嫁対策 自治体への国の権限強化 2025/4/30

 
 2014年に担い手3法として成立して以降、品確法は、建設業法と入札契約適正化法と一体となり、公共工事の受注者である建設業の「中長期的な担い手の確保・育成」に貢献してきた。品確法にとって3回目となった昨年6月の改正でも、物価上昇への対応や災害時の労災保険加入などを発注者の責務に追加した。
 品確法改正に合わせ、政府の関係省庁連絡会議は、今年2月に同法の運用指針を改正することを申し合わせた。3月には、国土交通省が運用指針の解説資料もまとめ、すでに改正品確法は4月から本格運用されている。
 
 今回の改正でも、第7条の「発注者の責務」にさまざまな項目が追加された。品確法は、公共発注者に発注者の責務の順守を求め、「公共工事の品質の確保」や「中長期的な担い手の育成・確保」といった基本理念の実現を目指す法律だ。
 資材価格・労務費の上昇によって、受注者が適正な利潤を確保できない工事が増えており、今回の改正では「適切な価格転嫁対策」がこの発注者の責務に追加された。価格上昇分を変更契約に反映するスライド条項を適切に運用できるよう、スライド条項の運用基準の策定を求める。
 法改正直後の24年7月時点の調査によると、スライド条項の運用基準を定めていない市区町村は全体の4割以上に上る。運用基準がないと、価格上昇分の転嫁が円滑に進まず、技能者の労務費が減額される恐れがあり、国交省は改正法の順守を各発注者に求める。
 災害発生時の緊急対応の充実・強化も、改正法のポイントの一つだ。改正法には、災害発生直後の体制を整えることを基本理念に追加。労働災害の発生リスクが高い応急復旧を念頭に応急復旧の従事者を任意の労災保険に加入させたり、第三者への損害賠償を担保する保険契約を結ぶことを「受注者の責務」とした。
 これに応じ、受注者が適正に保険加入できるよう、保険料を予定価格に反映することが発注者の責務とされた。国交省は、災害協定を結んだ企業に対する法定外保険や第三者損害賠償保険の保険料を予定価格に反映できるよう、2025年度中に積算方法を検討する。
 地方自治体などの発注者に改善を求める際、国の権限が強化されたことも今回の改正法の大きなポイントの一つだ。品確法と一体で改正された入札契約適正化法によって、国交省・財務省・総務省が改善が進まない発注者に助言・勧告できるようにした。
 品確法はこの20年で公共工事の制度や体制を大きく変えたとは言え、まだまだ改善の余地は大きい。社会情勢の変化によって、新たな要請もある。これからも、政治・行政・業界の3者で積み上げてきた品確法はさらに進化し、建設業の持続可能性を高めることにつながるはずだ。(この連載 了)