連載『建設業の資格が変わる』
①深刻な高齢化と中堅の負担増 若年層の〝即戦力化〟必要 2024/5/8
日本の生産年齢人口(15~64歳)は4月時点で7397万人となり、ピーク時の1995年から1300万人以上減少した。少ない若年層を採用するための人材獲得競争は年々厳しさを増しているが、採用した人材がすぐに戦力として働けるわけではない。中堅層と高齢層は、若年層のフォローと自身の仕事との両立を強いられ、疲弊している。若年層の即戦力化が急務だ。
生産年齢人口の減少はこの先も加速する。採用した若手をどのように育成し、どのように定着させるか。このことが、企業規模の大小を問わず、経営の存続を左右する最大のテーマになっている。
他産業と比べ、採用で苦戦を強いられている建設業にとって、この意味はさらに重い。建設業には、適正な施工と建設生産物の安全を確保するため、高い技術力を持つ技術者を現場に配置することが義務付けられている。技術力を証明する施工管理技士や建築士といった資格の取得は必須だ。
資格を取得した技術者をどれだけ抱え、現場に配置できるか。元請けにとっては、雇用する技術者が減ることは、受注量の減少を意味する。
国土交通省の調べによると、1級施工管理技士などの資格を取得し、5年に1度の講習を受講して監理技術者資格者証を保有している技術者は、10年以上にわたって66~68万人の横ばいで推移している。全体として、監理技術者の資格保有者が減っているわけではない。
ただ、監理技術者の年齢構成はこの10年で大きく変わった=グラフ参照。02年度末時点で全体の20・0%だった30歳代の監理技術者は、22年度末時点で9・7%に半減。40歳代も30・0%から23・7%に減った。
一方、60歳代の割合は11・0%から23・5%、70歳代は3・3%から11・4%にそれぞれ増加している。現場の中核を担っていた30~40歳代の減少を60歳以上の高齢層が補う構図だ。
大手企業に限ると、別の課題も見えてくる。日本建設業連合会(日建連)が会員企業19社の土木技術者を調査したところ、20歳代の若手技術者の割合は12年度の12%から22年度に23%へと倍増。
中小建設業よりも採用に強いゼネコン各社は、この10年で新卒者の採用を大幅に増やしたが、20歳代の大半が監理技術者の資格を取得していない。20歳代の技術者は、実務経験年数が不足し、技術検定の受験資格を取得できていないためだ。
◆進む受験資格の緩和
若年人口の減少という社会全体が抱える課題に対応するため、2024年度から技術検定の受験資格が大幅に緩和され、1級施工管理技士の資格が最短22歳で取得できるようになった。同じ課題を抱える電気工事士や測量士の資格試験でも、受験資格の緩和などによって受験者数を拡大しようという動きが進んでいる。
高い技術力が求められ、資格取得が強い意味を持つ建設技術者の資格制度が、受験者数の減少に歯止めを掛けるため、変わろうとしている。
②技術検定の学歴要件廃止 実務経験3年でも1級技士 2024/5/15
技術検定の受験者数は長期的に減少傾向にある=グラフ参照。1級土木の学科試験(2021年度からは第1次検定)の受験者数は04年度に5万9881人いたが、23年度は3万2931人と45%減った。1級土木施工管理技士の資格を取得できる最終合格者数も50・1%減った。建設業就業者の減少と歩調を合わせ、受験者・合格者数が半減している。
この間、国土交通省は、制度改正によって受験者数や合格者数の回復を図ってきた。21年度には、第1次検定の合格者が技士補の資格を取得できるようになり、1級技士補を監理技術者補佐として現場に配置できるようにもした。
技術検定だけでなく技術者制度も一体で見直し、制度全体の合理化も進めている。このため、現場に配置する技術者不足といった「ただちに施工に支障が生じる状況にはない」(不動産・建設経済局建設業課)というのが国交省の見方だ。
ただ、技術者の高齢化や若年入職者の減少を踏まえれば、建設技術者の〝入口〟である技術検定の受験者数と合格者数の減少は、建設業の施工力を左右する深刻な課題だ。
こうした実態を踏まえ、国交省は24年度に大幅な技術検定制度の改正に踏み切った。1級第1次検定の受験資格要件である実務経験年数を廃止し、19歳から第1次検定を受験できるようにした。第1次検定合格後、実務経験3年(特定実務経験1年含む)で第2次検定も受験できるようにし、最短であれば、22歳で1級施工管理技士の資格が取得できるようになった。
実務経験の学歴の要件も廃止した。これまで、指定学科以外の普通高校の卒業者は11・5年以上の実務経験がないと、受験資格を得られなかったが、24年度からは普通高校の卒業者であっても、制度上は22歳で1級施工管理技士の資格取得が可能になっている。
改正に対する業界の期待は大きく、4月1日入社の新卒者に1級第1次検定を受験させたい各企業の声を受け、国交省は土木・建築などの受験申請の期限を4月5日に延長した。
中途採用で転職者を受け入れる際にも、この改正は追い風だ。指定学科以外の高校・大学を卒業していても、19歳以上であれば実務経験がなくても受験資格を得られるため、他産業から建設業へと転職する前であっても第1次検定を受験できる。
建設業と同じように、他産業も若年層の離職者が増えている。雇用の流動化が避けられない今だからこそ、「資格制度が建設業への〝橋渡し〟としても機能するのではないか」(建設業課)という期待もある。
③電気工事士試験 CBTで受験機会拡大 2024/5/22
電気工事業も、技術者の高齢化と若年層の減少という深刻な課題に直面している。高齢層の大量退職によって、第1種電気工事士が2045年に1割不足するという経済産業省の試算もある。担い手不足を懸念する業界の声を踏まえ、電気工事士の資格制度もここ数年で大きく変わっている。
第1種電気工事士の試験合格後から免状交付までに求められていた実務経験は、大学・高専の電気工学系卒であれば3年以上、それ以外の学歴であれば5年以上が必要だったが、21年度にこの学歴による要件が廃止された。学歴を問わず、一律3年以上の実務経験で免状が交付されるようになり、さまざまな経歴の若手が早期に資格を取得できるようになった。
実務経験年数の短縮と合わせ、電気工事士試験で進められてきたのが、受験機会の拡大だ。それまで年1回だった第2種試験を18年度から年2回開催することにし、受験しやすい環境づくりを始めた。24年度からは第1種試験も年2回開催することになり、上期試験(学科試験4~5月、技能7月)に続き、下期試験(学科9月、技能11月)が予定されている。
受験機会を拡大する「年2回化」は、2級技術検定試験でも17年度に土木と建築、18年度から全種目に導入されている。電気工事士試験では、さらに23年度から国家資格では珍しい「CBT方式」(コンピューター・ベイスド・テスティング)を導入した。
第1種・第2種試験の学科試験に導入されたこの方式は、従来の筆記方式と異なり、試験会場に用意されたコンピューター端末を使って解答する。この方式を選択すると、受験者は指定された期間の中から受験日を指定できるため、自ら受験しやすい日程を選び、会場を訪れることができる。
24年度に年2回行われることになった第1種の学科試験では、CBT方式の受験者は4~5月の39日間(上期試験)か、9月の18日間(下期試験)の中から受験日を選ぶ。CBT方式の導入に伴って会場も大幅に増えており、特に働きながら受験する人にとっては、受験環境が大幅に改善された。
経産省は、電気工事士試験の「学科試験免除」の範囲を拡大することも検討している。学科試験に合格し、技能試験に不合格になった受験者は、次回の1回に限って学科試験が免除されるが、年2回化に伴い、免除期間を次々回までの2回へと見直すことを考えている。
④高難易度の1級建築士 受験者・合格者が若年化 2024/5/29
「仕事が忙しくて受験準備のための時間がとれない」。1級建築士は、2023年の総合合格率(学科試験・設計製図試験の延べ受験者数に対する合格率)が9・9%と受験者の90%以上が不合格となった、建設系の国家資格の中でもひときわ難易度が高い資格だ。受験までの学習時間が1000時間を超える受験者も多く、このことが、受験者数や有資格者数が減少する一因となっていた。
18年12月の建築士法改正によって、20年の建築士試験から、それまで受験要件だった実務経験が廃止され、実務経験は建築士の免許登録要件に変更された。
受験者は、試験合格後に実務経験を積めばよく、必要な年数を経た時点で実務経験の審査を受け、免許登録すれば、建築士として設計や工事監理などの独占業務を担うことができる
これによって、1級建築士試験は大学などの卒業によって学歴の要件を満たせば受験可能となり、大卒者であれば2年以上必要だった実務経験を経なくても、1級建築士試験を受験できるようになった。実務経験としてカウントされる実務にも、例えば建物状況調査(インスペクション)などが追加され、実務経験を積みやすい制度に見直されている。
それまで右肩下がりだった受験者数は、20年試験から適用された新制度によって、回復傾向にある。旧制度で最後の試験となった19年試験の学科試験と設計製図試験の受験者数は、合計2万9741人と3万人を割り込んでいたが、20年試験は3万5783人と前年度の受験者数を20・3%上回った。翌年の21年試験は3万7907人が受験し、さらに受験者数が伸びている。
受験者数の増加以上に進んだのが合格者の若年化だ。19年試験では、全合格者に占める20代の割合は47・0%だったが、直近の23年試験では64・9%となり、17・9ポイント上昇。受験者の年齢構成が大幅に若返った。
直近の23年試験では、制度変更によって受験可能になった23歳以下の受験者が全体の11・3%を占めるようになり、制度改正の目的が確実に浸透している。合格者の平均年齢は制度改正によって年々低下し、23年試験では29・5歳と初めて30歳を下回っている。
⑤測量士・測量士補 技術の進展、高齢化に対応 2024/6/5
建設業法や入札契約適正化法、品確法を一体で改正する「第3次・担い手3法」が、開会中の通常国会で審議されている。今回で3回目となる担い手3法の改正には、初めて測量法改正案が盛り込まれている。測量法改正案の柱は、測量士・測量士補の資格制度見直しだ。
国土地理院が毎年実施する測量士・測量士補試験は、受験資格がなく、年齢・実務経験を問わず、誰でも受験することができる。2023年の測量士試験の合格率は10・3%、測量士補試験は32・2%と難易度は高い傾向にある。
測量士・測量士補試験ともに受験者数は増加している。20年試験と比べると、直近の23年試験の受験者数は測量士試験が前年と比べ14・8%、測量士補試験が7・4%増加している。
一方、測量士・測量士補の資格は、試験合格の他に資格取得のルートがある、国家資格としては珍しい資格だ。測量科目のある大学や短大・高専、専門養成施設を卒業し、実務経験を積めば、試験に合格しなくても、国土地理院への登録後に資格を取得できる。
ただ、測量技術者の高齢化も進んでいる。全国測量設計業協会連合会(全測連)の調べによると、全測連会員企業に所属する技術者6万2886人のうち、40歳代以上の技術者は全体の71・4%を占める。さらにこのうち、60歳以上の技術者は27・0%を占めており、この60歳以上の高齢層の退職が進めば、深刻な技術者不足に陥る恐れがある。
こうした実態を踏まえ、議員立法としてまとまった測量法改正案には、測量士・測量士補の資格制度の在り方を「中長期的な育成および確保に留意して」検討することを政府に求めている。
担い手の確保に加え、測量分野では、3次元測量をはじめとする新たな技術の導入が進んでいるが、こうした新技術が測量技術者の教育や資格試験に反映されていない。測量士・測量士補に求められる技術レベルを整理し、新技術に対応した技術者を育成できる資格へと制度全体を見直す必要がある。
例えば、卒業後に2年以上の実務経験を積むと測量士・測量士補の資格を取得できる専門養成施設のカリキュラムからは、「三角測量」を削除して「レーザ測量」を追加するなど、測量技術の進展に対応する。国土交通大臣が認定すると、測量士・測量士補の資格を取得できる新たな仕組みも設ける。
国土地理院は、すでに、測量士・測量士補資格の見直しについて検討する有識者会議「測量資格制度等に関する検討会」の設置を決めている。この検討会では、24年度末までに資格制度の改善案を提言する見通しだ。
⑥高校生が技術士1次試験合格 「資格取得が成功体験に」 2024/6/12
建設系の国家資格の中には、17歳以上であれば受験資格を得られる2級技術検定(第1次検定のみ)など、実務経験のない高校生でも受験できる資格がある。就職や進学に役立てようと、在学中にこうした資格を取得する生徒も多く、土木・建築系の工業高校は授業や補講などで受験準備をサポートしている。
川崎市立川崎総合科学高校でも、建設工学科の在校生の技術検定の受験準備を支援している。2023年度は、土木系の国家資格で最難関の技術士試験に建設工学科の生徒2・3年生がチャレンジ。合格・登録後に技術士補の資格を得られる第1次試験に6人が合格した。同校の在校生としては初めての合格だ。
第1次試験は、技術士になるだめの第1段階の試験で、試験内容は大学のエンジニアリング課程修了程度となっており、高校在学中の合格は容易ではない。
2年時に第1次試験に合格した建設工学科3年の山口泰生さんと山田知幸さんの二人は、第1次試験の1カ月半前から本格的な受験準備を始めた。春の神奈川県大会でベスト16に進出した同校野球部所属の二人は、この間、練習後に校内に残り、補講を受けた。厳しい部活動と受験準備の両立は、大人の目から見ても過酷だ。
▲技術士1次試験に合格した山田さん(右)と山口さん(左)
技術士試験を通して「第1次試験の『適性科目試験』で技術者として大事なことを学べた」(山田さん)、「合格はできたが、理解が浅いところがある。進学後にもっと学びたい」(山口さん)と、さらに向学心を高めた。山田さんはJR東海への就職を希望。進学を希望する山口さんの志望校は東京都市大学だという。
生徒に資格取得を推奨し、受験準備を指導しているのは建設工学科の佐藤勇輝教諭。佐藤教諭は、建設会社で施工管理技士として現場に従事した後、工業高校の教諭に転身。自身も技術士試験の第一次試験に合格している。
佐藤教諭は、高校生が資格を取得する意義を「資格取得という成功体験が得られると、技術者としての自負心も身に付く」と考えている。在学中に資格を取得した教え子は、その後も技術者として活躍していることが多く、「この道を進む決意を固めることにつながっている」と感じている。
技術士試験の第1次試験に合格した生徒は、就職後に実務経験を積めば、第2次試験の受験資格を得られる。佐藤教諭は「小学生や中学生に『かっこいい』と思ってもらえる技術者になってほしい」とエールを送る。(おわり)