連載『インフラ危機』

 
 足下が前触れなく崩落する事故の発生は、国民の生命・財産を守るインフラへの信頼を揺るがしかねない事態と言えます。全国のインフラ管理者、そして整備・維持管理を担う建設業者が、この不安にいかに応えるべきかをテーマに連載します。

(1)進む老朽化、足りない人手 メンテナンスへの信頼守る 2025/4/4

 
 1月28日に埼玉県八潮市で発生した道路陥没は、日本中に衝撃を与えた。事故は下水道管の老朽化に起因するとされ、周辺では最大120万人が下水の使用自粛を迫られた。対策を議論する国の有識者委員会で、座長を務める家田仁政策研究大学院大学教授は「激甚災害に相当する重大な事態だ」と指摘し、インフラマネジメントの在り方を転換する必要性を説いた。
 事故は県道の交差点で発生した。直下にある径4・75㍍の下水道管路が老朽化で破損し、地下が空洞化したことが事故につながったとされる。陥没は当初、幅約9㍍、深さ約5㍍だったが、3日間で幅約40㍍、深さ最大約15㍍にまで拡大。下水道管の破損に起因する陥没としては過去最大級の規模となった。
 
■「笹子トンネル事故に匹敵するインパクト」
 事態を重く見た国土交通省は有識者委員会を2月に設置し、全国的な対策を講じることとした。インフラ分野では、2012年の中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故を受け、13年を「社会資本メンテナンス元年」と定め、定期点検を起点に診断、補修へと至るサイクルを確立した経緯がある。委員会の席上、家田座長は「笹子トンネル事故に匹敵する社会的インパクト」があるとの認識を示した。
 腐食の恐れがある下水道管は5年に1回の定期点検が義務付けられている。しかし、破損した八潮市の下水道管路は21年に点検されたものの、その際は補修の必要な腐食は確認されなかったという。メンテナンスサイクルへの信頼を守る上でも、点検・診断の在り方を改めて考える必要がある。
 有識者委の提言を受け、国交省は3月、大口径で古い構造の下水道管を対象とした「全国特別重点調査」の実施を決定。陥没事故現場と類似の条件の延長約1000㌔を優先実施箇所とし、今夏までに調査を完了する。これを含めて1年以内に延長約5000㌔を調査し、対策を講じる。調査・改築する地方自治体向けに初弾の予算として、合計144億円を措置した。

▲陥没事故を受け、全国の自治体は下水道管の緊急点検を行った

 
■下水道だけにとどまらない課題
 有識者委では今後、下水道以外のインフラも射程に入れて議論を深め、さらなる提言につなげる。インフラの利用人口が減少する地方での修繕・再構築の在り方や、自治体の技術職員不足、施工を担う建設業者の担い手不足など、山積する課題に共通するのは、人口減少・高齢化がますます深刻化するこれからの日本で、メンテナンスがどうあるべきかというテーマだ。
 

(2)切り札となるか「群マネ」 老朽化は静かな緊急事態 2025/4/11

 
 5年に1回の定期点検・診断により要対策箇所を見つけ、修繕する―。2012年の中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故を受けて確立されたメンテナンスサイクル。道路橋では既に2巡目が完了したが、対策を要するものの実施できていない橋梁は1万橋を超える。深刻な技術職員不足で手が回らない地方自治体が多数ある中、解決策として注目されているのが広域・多分野でインフラを維持管理し、効率性を高める「地域インフラ群再生戦略マネジメント」(群マネ)だ。
 群マネは、複数自治体が連携して広域で道路の維持管理を発注したり、道路と河川のように異なる分野のインフラの維持管理をまとめて発注する手法を指す。メンテナンスを効率化するとともに、ロットを大きくして建設業者の積極的な受注を促す狙いもある。国土交通省は有識者会議での議論や全国11カ所で選定したモデル地域での取り組みを踏まえ、今夏にも導入の手引きをまとめ、全国展開する。
 建設業にとっては、インフラの日常管理や補修工事など、これまでばらばらに発注されていた工事・業務が一本化され、受注環境は大きく変わる。複数インフラのマネジメントや、インフラのユーザーである市民とのコミュニケーションなど、従来は自治体が担ってきた役割についても、発注者と緊密に連携した上で建設業が果たす。
 とは言え、発注者も地域の実情に詳しい地元の建設業の意向を踏まえずに群マネを導入することはできない。先行事例を見ると、道路と公園、水路の維持管理や巡回を包括的民間委託している新潟県三条市では、市内業者に対して保有機械数や資格保有者数、受注への意欲についてアンケート調査を実施。三重県明和町は対象業務と想定する事業規模、事業者の選定方式について町内業者に聞き取り調査を行い、参考とした。この他の事例も含め、JVや事業協同組合などの形態を取り入れ、地元業者が参画できるよう工夫している。
 
 自治体にとっては予算や人手の不足を補い、地元業者にとっては工夫次第で安定的な利益が見込める群マネは、インフラの老朽化とメンテナンスの担い手不足が同時進行する今の時代の特効薬にも見える。ただ、群マネの効果が見込める小規模自治体では、日々の補修や苦情処理に時間を取られ、中長期の対策を練ることが難しいのも実情だ。国交省の有識者会議の席上、ある委員は「もはや緊急事態だと宣言した方がいい」と呼び掛けた。
 下水道管路に起因する道路陥没の発生件数は年間約2600件(22年度)。埼玉県八潮市で起きたような道路陥没事故を防ぐためにも、老朽化という静かな緊急事態に、自治体は危機感を持って備えなくてはならない。
 

(3)技術職員不在の自治体 地域で担う人材育成 2025/4/18

 
 小規模な地方自治体の技術職員不足は深刻だ。全国の町村の土木系技術職員数は、直近20年間で半数以下に減った。道路や公園の日常点検から工事発注まで、事務系職員が実施せざるを得ない場面も少なくない。発注者の技術力低下は、工事を受注する建設業者にとっても頭の痛い難題だ。
 人口5万人規模の市でも土木系部署に技術職員を配置できず、道路・橋梁や河川の維持管理を事務職員が担う。総務省が2月に開いた地方行政に関する有識者研究会では、そんな実態が報告された。トンネル、橋梁といった構造物の大規模修繕では高度な専門性が求められるため、「工事の積算や監督が難しい」という指摘もあった。
 総務省の調べによると、土木系技術職員の不足を訴える自治体は全体の86%にも及ぶ。採用しようとしても、約半数の市町村では「応募がほとんどない」という。不足する人材を支える体制整備は喫緊の課題だ。

▲地域に根ざしたメンテ人材の育成が求められている(提供/KOSEN-REIM)

 
■高専が挑むメンテ人材の育成
 「地元のインフラは地元で守る」。そんなスローガンを掲げ、メンテナンスに携わる人材育成に取り組む団体がある。福島、長岡、福井、舞鶴、香川の高等専門学校が連携し、企業・団体の支援を得て2023年に発足した「高専インフラメンテナンス人材育成推進機構」(KOSEN-REIM)だ。
 高専の実習フィールドを生かし、自治体職員や民間技術者向けにメンテナンスのリカレント教育を展開。事務局を務める舞鶴高専の玉田和也教授は、地方の高専にこそ「地域に根ざしたメンテナンス人材を作ることができる」と力を込める。
 新設と比べて基準の整備されていないメンテナンスでは、発注者の技術力が一層求められる。「そろそろ本当にどうするかを考えないといけない。ぜひ、我々の提供している教育コンテンツを活用してほしい」(玉田氏)
 
■自治体と専門家をマッチング
 国交省も自治体支援に本腰を入れている。目指すのは、土木系の学会や協会、技術センター、大学・高専による人材バンクを構築し、自治体向けに専門家を派遣する体制の構築だ。
 23年度からモデルとなる13自治体を選定し、専門家のマッチング・派遣事業を試行。「地方では、産学官が連携して地域を見守る仕組みが必要」との学識者の意見を踏まえ、専門家派遣や新技術導入支援を担う「事務局機能」を25年度末にまでに整備する。
 人手不足と財政制約に悩む地方部は、言わば老朽化対策の最前線だ。ここを支える体制をどう作るかが、メンテナンスの今後を決めることになる。
 

(4)先送りされるメンテナンス 建設業が地域をけん引すべき 2025/4/25

 
 「気付かないうちに進行する生活習慣病のようなもの」。埼玉県八潮市の道路陥没事故を受けた有識者委員会の座長を務める家田仁政策研究大学院大学教授は、インフラの老朽化をこう形容する。地域やインフラ分野をまたぐメンテナンス体制を構築する「地域インフラ群再生戦略マネジメント」を実効性あるものにするため、家田氏は行政と建設業界、そして地域住民の意識を転換する必要性を説く。

▲家田仁(いえだ・ひとし)氏

 
―八潮市の道路陥没事故から、どのような教訓を得るべきか。

 「道路や建物は、すぐに対策をしなくても明日使えなくなるわけでない。しかし、修繕せずに放置すれば徐々に劣化が進み、人体で言えば大動脈のような幹線道路、大静脈のような下水道がいつしか壊れてしまう。今回の道路陥没はその一例だ」

 「すぐには壊れないからと問題を先送りにすれば、こうした重大な事故につながる。改めて、インフラメンテナンスの重要性を多くの人々に理解してもらい、『自分の住む場所でも同様の事故が起きるかもしれない』と、当事者意識を持ってもらいたい」

 
―特に市町村のメンテナンス体制は厳しい。

 「誰しも人口減少で暮らしやインフラの在り方を改める必要性を頭では分かっていても、体感できていなかったのではないか。地域住民はインフラの利用者であり、維持管理費の負担者であり、ある意味ではオーナーでもある。一方で、『インフラを維持管理は行政の役目』と考える地域住民は多い」

 「今あるインフラ全ての維持管理を行政が担うことには限界がある。まず、地域住民が大事だと思うもの、自分が負担してでも残したいものを決めてもらう。地元のインフラの価値を地元で考えて、行政とともに住民が責任を持つ形に転換せざるを得ない。共感の輪を広げられるかがポイントになる」

 
―地域インフラの再構築を進める上で、建設業者が果たすべき役割とは。

 「建設業者は、行政から対価をもらって工事をするという従来からの建設業像から、『地域インフラのマネジメント業』へと社会の中での位置付けを再認識した方が良い。学校の教員や地域の医師と同じく、地域を支える存在だ」

 「インフラのケアと同時に、住民と行政をつなぐ役割を担う、ある意味では地域のリーダーでもある。いい地域を作るためには、インフラを新設するだけでなく、撤退だって一生懸命にやらなければならない場面もある。地域を再構築する主役として、ぜひ活躍してほしい」