連載『現場のための改正安衛法』

 

 5月8日に成立した改正安衛法は個人事業者の保護、ストレスチェックの対象拡大、化学物質による健康障害防止などを強化する法律です。連載企画「現場のための改正安衛法」では、改正法の中でも、特に建設現場の安全に関係の深いポイントを解説しています。(全6回)

(1)一人親方の労働災害防止 2025/6/13

 5月に成立した改正労働安全衛生法(安衛法)では、「労働者」という文言の多くが「作業従事者」に変わった。改正法が施行される2026年4月以降、元方事業者や注文者は、労働者だけでなく、一人親方などの個人事業者も含む「作業従事者」を保護しなければならない。
 労働者ではない一人親方や、同じ現場で資材運搬業・警備業を安全衛生対策の保護対象に追加しようとする動きの発端は、21年の建設アスベスト訴訟の最高裁判決だ。判決では、一人親方に対する国の責任を認め、安衛法の大きな転換点となった。
 改正安衛法では、元方事業者などがこれまで講じてきた危険作業や健康障害への対策の対象に、個人事業者を追加。作業に関する連絡の調整や現場での合図・標識の統一、安全衛生教育の実施などを求める。個人事業者にも義務を課し、危険・有害な業務に就く際の安全衛生教育の受講を義務付ける。
 改正安衛法成立時の付帯決議には、個人事業者への教育講習費用などが安全衛生経費に適正に価格転嫁されるための方策の検討が求められた。厚生労働省は今後、作業従事者に対する安全衛生教育の指針とともに、安全衛生経費についてのガイドラインを策定する方針だ。
 個人事業者の労働災害の実態はどうか。厚労省がまとめた、過去10年間の個人事業者の死亡災害発生状況によると、建設業全体に占める個人事業者の死亡災害件数の割合は、30%前後で推移している=グラフ
 24年の死亡災害は、前年比28・8%減の57件で、死亡災害全体の24・6%を占めた。死亡災害のおよそ半数は下請けとして入場している現場での災害だ。24年は、57件中26件が下請けとして個人業者が入場している現場となっており、個人事業者と労働者が混在する建設現場での安全衛生が重要になる。
 一方、個人事業者に対して安全衛生対策を強化すると、いわゆる「偽装一人親方」が判明するケースが増えるかもしれない。現在、現場によっては、偽装一人親方と判断されることを恐れて、安全衛生上の指導・指示が適切に行われないこともあるという。
 こうした実態を踏まえ、厚労省は3月、元方事業者や注文者に対して、健康状態や、労災対策、作業服・保護具、不安全な行動などについて指導・指示する際の留意点をまとめた。厳格な管理や具体的な指示を行うと、一人親方の労働者性が認められる可能性があり、単なる確認、助言、注意喚起、周知にとどめる必要があるとしている。
 改正法の施行後は、元方事業者や注文者は、さまざまな人が働く建設現場の安全を守るため、これまで以上の取り組みが求められそうだ。

(2)個人事業者の労災報告制度 注文者にも義務化  2025/6/20

 労働者の安全と健康を守り、より良い職場環境を整備するための施策の一つが、労働者死傷病報告だ。改正労働安全衛生法(安衛法)では、労働者ではない一人親方などの個人事業者の労働災害についても、個人事業者や注文者が報告する制度を新設。報告内容は、個人事業者の安全衛生対策の企画・立案に役立てる。
 死傷病報告は、労働災害の再発防止策を講じるために極めて重要だ。現在、個人事業者の災害発生状況は、厚生労働省の都道府県労働局・労働基準監督署が消防署の情報提供で把握し、死亡災害件数をまとめている。労災保険の特別加入制度の加入者を対象とするデータもある。
 ただ、消防署が情報提供を受けられないケースがあったり、特別加入制度に未加入の個人事業者がいたりするため、実際は公表されている件数よりも多くの死傷災害が発生しているとみられる。こうした背景を踏まえ、規模・業種などにかかわらず個人事業者全体の労働災害を網羅的に確認する仕組みを構築する。
 労働災害の報告が義務付けられるのは、個人事業者自身、個人事業者の直近上位の注文者を指す「特定注文者」など。特定注文者が現場にいないケースでは、さらに一つ上位の注文者を特定注文者とするため、元請け事業者が特定注文者になることも考えられる。被災した個人事業者の状況や特定注文者の有無などにより、報告主体は異なる。
 被災した個人事業者は、原則として特定注文者に報告し、報告を受けた特定注文者が遅滞なく労働基準監督署に電子システム上で報告する。個人事業者自身が労働基準監督署に報告することも可能だ。
 個人事業者が入院、死亡などにより報告できない場合は、個人事業者からの報告を受けなくても、特定注文者が報告しなければならない。
 報告義務は、被災現場を実際に見たり、被災者の救助や救急搬送などの事実を把握したときに発生するため、災害発生を知ることができなかった場合は報告義務を負わない。例えば、個人事業者が一般消費者から住宅建築を元請けとして請け負った現場での労働災害は、報告義務の対象にならない。
 報告対象外の災害と、過重労働による脳・心臓疾患、精神障害については、個人事業者自身や個人事業者が加入する業種・職種別団体が労働基準監督署に報告する仕組みを構築する。

(3)高齢者の労災防止で努力義務 指針・マニュアルに対策  2025/6/27

 総務省の労働力調査によると、建設業就業者数のうち、60歳以上の高齢者数は2005年に85万人だったが、24年に1・4倍の123万人まで増加した。建設業就業者全体に占める60歳以上の就業者の割合は15・0%から25・8%まで上昇している=グラフ。65歳以上の高齢層は19年から6年連続で80万人を超えており、高齢層が労働力として産業全体を支える構図が確立している。
 5月に成立した改正労働安全衛生法には、職場で増加した高齢層を雇用する事業者に対し、労働災害を防止する努力義務を設けられた。安衛法には制定当初から、およそ45歳以上の中高年齢者の心身の条件に応じた適正な仕事に配置する努力義務を設けている。
 今回の法改正では、高齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理が求められるようになった。生産年齢人口が高齢化したことに合わせ、高齢者の労働災害の防止措置を二段構えにするのが狙いだ。厚生労働省は、改正法を施行する26年4月までに指針を公表し、事業者に求める具体的な措置を示す。
 指針のベースとなるのは、20年3月にまとまった「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」だ。この中では、高齢者の身体機能の低下を補う設備・装置の導入、敏しょう性・持久力・筋力の低下を考慮した作業内容の見直しを求めている。厚労省は近く検討会を立ち上げ、有識者の意見も踏まえて年内に指針をまとめる。
 さらに「高齢者の労働災害は産業によって特性が異なる」(安全衛生部安全課)ことから、指針策定後に産業別の対策をマニュアルにまとめる。
 建設現場での労働災害は他産業と異なり、高齢層よりも若年層の方が発生率が高いが、死亡災害に限ると高齢層の発生率が高い傾向にある。こうした傾向を踏まえ、厚労省は「高齢層の死亡災害への対策を考えるべきではないか」(安全課)と考えている。
 建設業で働く高齢者の労働災害防止をめぐっては、建設業労働災害防止協会(建災防)が有識者会議を設置して対策を検討しており、厚労省はこの会議の成果も踏まえ、建設業向けのマニュアルをまとめたい考えだ。
 建災防の有識者会議では、今後の検討課題を高齢者の健康状態の把握、身体機能低下の自覚・認識を促す教育、現場でできる簡易な身体機能の測定などを挙げている。一方、高齢者には豊富な経験に基づく労働災害防止のノウハウもあるとし、現場で災害リスクの高い作業を避けつつ、人材育成の役割を担ってもらう必要もあるとしている。

(4)50人未満の事業場も義務化 ストレスに気付く機会を提供  2025/7/4

 仕事での強いストレスで、うつ病などの精神障害になる労働者が増加している。建設業の精神障害の労災補償請求件数は2023年度に過去最多の194件となり、24年度も192件と同じ水準で推移した。改正労働安全衛生法では、自身のストレスに気付く機会を全ての労働者に与えるべきとの考えの下、事業者にストレスチェックを義務付けている労働者の対象を拡大。労働者が50人未満の事業場でもストレスチェックを義務化する。
 ストレスチェックは、メンタルヘルス不調の未然防止を目的とした制度で、現在、50人未満の事業場での実施は努力義務になっている。建設業の実施割合は28・6%と、他産業より低いものの、過去5年でゆるやかに増加している。精神障害の労災補償請求件数が顕著に増加する中、実施割合を高める必要がありそうだ。
 義務化に向け、事業者はストレスチェックの実施前に実施方法や社内ルールを策定する必要がある。ストレスチェックの実施者となる医師や保健師、歯科医師、看護師らは、労働者が回答した調査票を基に、ストレス状況を評価し、医師の面談指導の必要性を判断する。
 調査票は、「実施事務従事者」が回収・集計。実施事務従事者に必要な資格はなく、自社内で確保することも可能だが、50人未満の事業場では、回答から個人を特定できてしまう可能性が高く、プライバシー保護の観点から、外部機関への委託を原則とする。
 ストレスチェックは、技能実習生などの外国人労働者も対象となる。文化や言語の違いは、精神的な負担につながりやすいため、ストレスチェックを実施する重要性は高い。厚生労働省は、WEB上で10カ国語の職業ストレス簡易調査票を公表しており、利用を促している。
 ストレス評価の結果、高ストレス者と判断された労働者が医師の面談指導を希望した場合、事業者は労働者に面談指導を受けさせ、費用を負担する義務がある。面談指導の費用は、1時間当たり2万~2万5000円で、中小規模の事業場では大きな負担になる。
 このため、全国に約350カ所ある地域産業保健センターでは、50人未満の事業場を対象に、無料での面談指導を受け付けている。23年度には489件の面接指導実績があった。
 厚生労働省は今後、地域産業保健センターの登録産業医を増やし、体制を充実させる。ストレスチェックを実施する際の留意事項や、外部機関に委託しなくてもいい場合の条件などをまとめたマニュアルも作成する方針だ。50人未満の事業場でのストレスチェックは、28年6月までに義務化される。

(5)化学物質の規制を強化 自律的なリスク管理求める  2025/7/11

 国内で輸入、製造、使用されている化学物質は約7万種類にも及ぶ。建設業ではセメントや、アスファルト、塗料、接着剤、溶剤などに化学物質が利用されている。その中には、身体に有害な物質や、危険有害性が分からない物質も多い。厚生労働省は、2022年から化学物質の規制を強化しており、事業者に自律的なリスクアセスメントを求めている。
 化学物質に起因する死傷災害の件数は、建設業を含む全ての産業で高止まりしており、がんなどの有害物質による遅発性の疾病も多い。死傷災害の約8割は、特定化学物質障害予防規則で定めた危険有害性の高い物質以外が原因となっている。
 厚労省によると、19~21年の3年間で化学物質に関連して発生した建設業の労働災害件数は180件。製品別に見ると、ガスが最も多く、アルカリ性の物質や、剥離剤・溶剤なども多い=グラフ
 労働安全衛生法(安衛法)の第57条の2では、一定の危険性・有害性を持つ化学物質を譲渡・提供する製造業者に対し、相手方に化学物質に関する情報を文書(SDS)で通知することを義務付けており、建設現場などで働く事業者は、SDSに基づいたリスクアセスメントが求められる。
 改正安衛法では、第57条の2に該当する化学物質が現状の1600種類から、26年4月に2900種類にまで増加することを踏まえ、SDSの交付などが適正に実施されるための制度を設けた。譲渡・提供する化学物質の危険有害性を通知しなかった事業者には罰則が設けられ、SDSの内容を変更した際の通知も義務とする。
 SDSで通知する内容も見直し、含有成分に適用される法令や、選択すべき呼吸用保護具の種類などを必ず記載する。爆発限界や引火点、保護手袋に必要な厚さ、事故発生時の応急措置などは「記載が望ましい事項」となる。
 ただ、製品に含まれる化学物質の成分や濃度は製造業者の営業秘密に当たるため、有害性が非常に高い化学物質を含まなければ、情報を非開示にできる。
 23年の調査に対し、第57条の2に該当する化学物質を利用する際、リスクアセスメントを「全て実施している」と回答した建設業は、全体の62・4%だった。これに対して、第57条の2に該当しないが有害性がある化学物質のリスクアセスメントの実施については、24・6%にとどまっている。

(6)建機の検査・検定見直し 個人事業者にも義務  2025/7/18

 建設業の労働発生状況を起因別に見ると、全死傷者数の約27%は、建設機械や運搬機械が引き起こしている=グラフ。2019~23年の5年間でその傾向に変化はない。建設機械に起因する労働災害を防止するため、改正労働安全衛生法(安衛法)では、2026年4月に建設現場で使う機械の検査・検定を見直す。
 安衛法では、車両系建設機械やフォークリフトなどの特定機械について、1年以内に1回の検査(特定自主検査)を義務付けている。改正により義務の対象を個人事業者にも拡大し、同じ現場で働く全ての労働者の安全を守る。
 個人事業者が持ち込んだ特定機械の自主検査は、個人事業者に義務が課される。ただ、事業者が所有する建設機械を個人事業者に使用させる場合は、事業者に検査を義務付け、個人事業者が重ねて検査する必要はない。
 検査の多くは検査業者に外部委託されているが、検査内容の提示が指針にとどまっていることも課題だ。検査項目を省略したり、誤った方法で検査したために、作業中に機械が破損するケースが発生しているという。厚労省は今後、検査業者が従うべき検査基準を告示で示す方針だ。
 特定機械は、製造段階と設置段階でも厚生労働省などによる検査が必要だが、新技術にも対応できる高度な知識・経験を持つ人材が不足していることから、民間に検査制度の一部を移管する。
 民間に移管するのは、製造許可、製造時等検査、検査証の発行など。現場に特定機械を設置する際の落成検査は、現場指導を兼ねているため、現行と変わらず監督署が対応する。
 改正安衛法では、特定機械の運転に必要な技能講習修了証の不正交付にも対処する。技能講習を実施する登録教習機関などが、技能講習を適切に行わずに修了証を交付することを禁止。不正な修了証が1000枚以上未回収となっていることを踏まえ、不正に修了証を交付した登録教習機関に回収する義務を課す。
 回収義務に誠実に応じない場合、登録教習機関の登録を取り消す。処分期間は、現行の2年から延長する方針だ。
 また、技能講習を受けるべき機械を追加しやすくする。安衛法では、型式検定対象機械の使用時にも技能実習が必要としているが、安衛法上で対象機械を定めているため、迅速な改正が難しい。さまざまな安全装置が開発されている実態に合わせ、省令などによって対象機械を追加できるようにし、新たな技能講習を増やす予定だ。