連載『読み解く 200万件の入札データ』
連載企画「読み解く 200万件の入札データ」では、建通新聞社の発行エリアである東京、神奈川、静岡、中部(愛知、岐阜、三重)、大阪、四国(香川、徳島、愛媛、高知)、岡山の12都府県で蓄積した過去10年間の落札データを分析しています。(全4回)
(1)過去10年の公共工事 応札行動どう変わったか 2025/7/24
この10年間の公共事業は、本格化した国土強靱化事業に下支えされ、安定した投資が確保されている一方、労働力不足と資材価格の上昇に左右され、競争環境に大きな変化が生じている。競争環境の変化は、入札参加者の応札行動にも変化をもたらし、建設業の受注や経営に影響を与えている。
建通新聞社が2015年から24年の10年間に取得した公共工事の落札データは、10都府県で約214万件ある。このうち、工事の落札データ約144万件を対象として、平均落札率、入札参加者数、最低制限価格・調査基準価格の設定率などを集計した。
平均落札率は全てのエリアで緩やかな上昇傾向にある=グラフ「地域別の平均落札率(市区町村)」。10年前の15年度の時点で、2000年代に全国的に増加していた著しく低い価格での応札はすでに減少に転じており、最低制限価格や低入札価格調査基準価格などの制度は一部の市町村を除いて整っている。地域差はあるものの、全ての地域で平均落札率は90%を超えている。

一方、入札件数は20年度を境に減少に転じた。政府の公共事業予算は国土強靱化事業が本格化した18年度以降、当初予算・補正予算の合計で8兆円台で推移している。公共事業予算の規模が大きく変動しない中で、人手不足に起因する労務費の上昇、ロシアのウクライナ侵攻を契機に始まった資材価格の上昇により、15年度と比べて物価上昇率は30%近い。物価上昇に伴い、1件当たりの落札額が大型化する傾向も進む。
物価上昇は、公共工事を受注する企業の利益を圧迫している。建設業情報管理センター(CIIC)のまとめによると、経営事項審査の受審企業の売上高営業利益率は15年度に1・08%だったが、19年度までに2・26%まで上昇。ただ、20年度以降は低下傾向に入り、23年度には0・70%と1%を切った。スライド条項を活用した契約変更も一部の発注者では十分ではなく、予算と落札率が横ばいの傾向にある中で、受注者は適正な利益を確保できていない。

政府は今年6月、今後5年間の国土強靱化事業の裏付けとなる「第1次国土強靱化実施中期計画」を閣議決定した。事業規模を「おおむね20兆円強」としたこの計画により、公共事業予算は全国的に過去10年を上回る規模となる公算が高い。
予算の増加に反し、建設業の人手不足はさらに深刻化することが懸念されている。資材価格の高止まりや厳しい若年層の採用に加え、全ての団塊の世代が後期高齢者となって大量退職する「2025年問題」が目前に控える。需要の増加と労働力の縮小が、これまで以上に各企業の応札行動に影響することは確実だ。
(2)落札率と参加者数に相関性 利潤確保に苦慮する受注者 2025/7/31
公共工事の入札では、参加者数が増えるほど競争性が高まり、落札率が低下する傾向にある。2000年代に一般競争入札が拡大し、地域をまたいだ入札参加が認められるようになると、1件当たりの入札参加者が増加し、過度な低価格での応札を招く要因にもなった。こうしたことが、実績や規模による要件設定や参加者数の制限、総合評価落札方式の適用拡大などにつながった。
建通新聞社の発行エリアである12都府県の過去10年の落札データを見ても、参加者数と落札率に相関性があることが確認できる。

24年度に最も参加者が多かったのは大阪府で、1件あたりの平均が38・6者と他地域を大きく上回っている。10年前の15年度と比べると、平均の参加者数は1・8倍に増加している。府内の市町村も平均23・3者と入札参加者も他地域と比べて突出して多い。落札率は府で89・3%、市町村で90・4%といずれも他地域よりも低い水準だった。
神奈川県も参加者数が多く、県で平均11・1者、市町村で12・1者。落札率は県内の市町村が平均90・4%と大阪と並んで低い水準にとどまる。
一方、落札率が最も高かったのは静岡県で、県が95・0%、市町村が93・9%。参加者数は県が平均7・7者、市町村が6・7者と少なく、ここ10年で見ても緩やかに減少している。
この10年間、落札率自体は全地域で上昇傾向にあるが、資材費や労務費の上昇がそれを上回り、受注者の利益を圧迫している。自治体の発注工事でも最低制限価格や低入札価格調査基準価格の算定式の見直しが進んでいるが、最新の中央公契連モデルで予定価格の92%としている設定範囲の上限をさらに引き上げるのは容易ではない。
入札参加者の技術力も評価する総合評価落札方式を導入すると、落札率を押し上げる傾向もでている。例えば、東京都内の市区町村の24年度のデータでは、全体の落札率が92・6%であるのに対し、総合評価適用工事では94・4%となっている。
ただし、発注者側でも職員不足が進み、審査に負担のかかる総合評価方式の拡大には限界がある。入札時の落札率に依存するだけでなく、受注者の利潤を踏まえた予定価格の設定や、契約後の価格変動に対応する適正な契約変更などの運用が求められる。
(3)市区町村の入札件数減少 予算増額、物価上昇に追いつかず 2025/8/8
資材価格・労務費の上昇と予算制約によって、公共工事の発注件数が減少している。2015年度を基準とする国土交通省の建設工事費デフレーターによると、建設工事費は15年度から24年度までの10年間で28・4%上昇。公共事業費は緩やかな増加傾向にあったものの、それを上回る物価上昇により、発注件数の減少と1件当たりの落札額の大型化が進んでいる。
建通新聞社の発行エリアである12都府県の過去10年間の落札データでは、各地域で工事の入札件数が減少する傾向がでている=表。

地域別に市区町村の発注件数を見ると、入札件数が最も減少したのは大阪府内の市町村で、ピークだった18年度と比べ、24年度の入札件数は23・5%減少した。ピーク時と24年度の比較では、大阪に続き、四国(19年度比18・9%減)や東京都(15年度比18・5%減)の減少幅も大きい。
入札件数の減少とともに、1件当たりの落札金額も年々大型化している。15年度と比べて伸び率が最も高かったのは中部(愛知県、岐阜県、三重県)の86・8%増で、東京都の86・1%増、大阪府の81・0%増と、三大都市圏で特にこうした傾向が強い。
国土交通省や都道府県の発注工事でも、おおむねこうした動きが進んでいる。資材価格の上昇は、2010年代に入ってから続いているが、21年度後半からの原材料費とエネルギー価格の上昇を受け、さらなる上昇基調が続いている。
深刻化する人手不足を背景として、労務費も上昇している。13年連続で上昇している公共工事設計労務単価の全国・全職種平均の伸び率は、22年まで前年度比2~3%増で推移していたが、政府の賃上げ政策も後押しし、23年3月は5・2%増、24年3月は5・9%増、直近の25年3月は6・0%増と加速度的に伸び率を上昇させている。
その一方で、全国の地方自治体の公共事業費は横ばいで推移している。決算ベースで見た普通建設事業費は直近の23年度に15兆0791億円となっており、10年前と比べても6・3%の増加にとどまる。予算の増額が物価上昇に追いつかず、発注件数の減少を招く構図だ。
すでに建設業界でも、実質事業量の減少を不安視する声が強まっており、物価上昇を踏まえた予算の増額を求める声が増えている。第1次国土強靱化実施中期計画の初年度分の事業費は、今秋にも編成される政府の25年度補正予算に計上される見通しで、物価上昇分を反映した予算編成に対する期待も強まっている。
(4)最低制限価格と調査基準価格 全地域で設定率が上昇 2025/8/21
国土交通省は、直轄工事の低入札価格調査基準価格の計算式を2015年度からの10年間で4回見直している。関係省庁とも中央公共工事契約制度運用連絡協議会(中央公契連)を通じ、改正後の計算式を共有。直轄工事での改正後には、いわゆる「中央公契連モデル」も改正し、地方自治体にも最新のモデルを採用するよう要請している。
建通新聞社の発行エリアである12都府県の過去10年の入札データのうち、最低制限価格・調査基準価格が公表されている入札を対象として、予定価格に対する最低制限価格・調査基準価格の設定率(予定価格に対する最低制限価格・調査基準価格の割合)を集計した。
集計した結果を見ると、設定率は全てのエリアで上昇。市区町村の発注工事で見ると=グラフ=、最低制限価格の設定率は全てのエリアで2ポイント超上昇しており、最も伸び率が高かった中部3県(愛知、三重、岐阜)では、15年度の78・4%から86・9%へと8・5ポイント上昇している。

中央公契連モデルは、16年4月に一般管理費等の算入率を0・30から0・55に見直した。翌17年4月には直接工事費の算入率も0・95から0・97へと引き上げた。
過去10年間で、最低制限価格と調査基準価格に最も大きく影響したのが、続く19年4月の改正だ。それまで「予定価格の70%~90%」だった価格の設定範囲を「予定価格の75%~92%」に変更した。
国交省の調べによると、それまでの計算式で算出すると、調査基準価格が予定価格の90%を超えていた工事は全体の4割に上っていた。これらの工事では、設定範囲の上限が90%だったため、調査基準価格を90%に切り下げていた。現在は上限を92%としているため、全体として設定率が大きく上昇した。直近では、22年4月にも一般管理費等の算入率を0・55から0・68に見直している。
ダンピング対策を強化する国交省の要請に応じ、最新の中央公契連モデルを採用する自治体が増えたことから、自治体発注工事の最低制限価格・調査基準価格の設定率も上昇。建通新聞社のデータで見ても、設定率の上昇に合わせ、全ての地域で平均落札率が上昇する傾向が見られる。
ただ、ここ数年の物価上昇によって「利益が圧迫されている」として、設定範囲や計算式のさらなる見直しを求める声があるが、ここ数年のモデル改正によって「(調査基準価格は)すでに頭打ち」との見方もある。ただ、最新の中央公契連モデルを採用していないなど、ダンピング対策に改善の余地がある自治体も少なくない。
