連載『建設業×資金繰り』

 

 連載企画「もう1度考える 建設業×資金繰り」では、人手不足や「金利のある世界」への転換といった構造的な社会の変化が、企業の資金繰りを巡る環境をどのように変えるのかを取材。関連する制度の動向や備えるべきリスクを踏まえ、よりよい建設業経営に向けて企業が取るべき道筋を探ります。(全5回)

(1)倒産は過去10年間で最多に 人手不足、物価高騰が迫る変革 2025/9/5

 帝国データバンクのまとめによると、2025年上半期に発生した建設業の倒産は過去10年間で最多の986件となった。コロナ禍の政府の金融支援で倒産が大きく減った21年以降、増加は4年連続だ。資材価格の高騰と技能者の高齢化、人手不足に起因する倒産も目立つ。これまでにない競争環境の変化が、建設企業の経営に変革を迫っている。
 近年の倒産件数の増加は、建設不況が深刻化した08年のリーマンショック後とは異なる。当時は年間倒産件数が3000件を超え、上場企業など大企業の倒産も見られた。
 一方、今の状況は、倒産件数の増加ほど負債総額は増えていない。業種別に倒産件数を見ると、元請けの総合工事業が前年度比1・6%と微増なのに対し、職別工事業が10・8%増、設備工事業が9・9%増となった。比較的小規模な専門工事業で倒産が増加しているのが近年の特徴だ。
 5月に破産手続きを開始したある管工事業者は、自社の人手不足から請け負った工事の外注費がかさみ、もともとの売上高減少が追い打ちをかけ、債務超過に陥った。この会社に限らず、時間外労働規制の適用に伴う労働時間の制約や人手不足により自社の施工力が低下し、「工期の延長や後ろ倒し、外注割合の増加といった悪循環に陥りやすくなっている」と帝国データバンクの担当者は分析する。
 特に住宅関連の専門工事業は新規着工件数の減少もあって、資材価格や労務費の価格転嫁を求めにくい状況にある。高齢化した熟練職人の退職増も見込まれ、「賃金を引き上げる余力が乏しい中小建設業の倒産リスクが高まっている」(帝国データバンク)。
 そもそも建設業は、資機材の購入や外注のための支払いと、請負代金の入金にタイムラグがあり、資金繰りのリスクとなりやすい。このタイムラグを埋め、手元に資金がないときの支払い猶予や、資材購入に活用されてきたのが手形だ。しかし、資金繰りのしわ寄せが弱い立場の取引先に向かいやすいことや、事務処理の煩雑さを理由として政府は26年度末に手形利用を廃止する目標を表明。建設業界に深く根付いた商慣行が大きく変わろうとしている。
 「(資金繰りに)マイナスの影響はあるだろうが、どこまで影響するかは読みにくい」と帝国データバンクの担当者は見る。すでに、段階的に現金払いに切り替えている建設業も多いためだ。ただ、支払い期日を90日や120日と長期に設定する「期日現金」での支払いも多く見られる。さらに、現金は期日通りに支払われなくとも、手形のように「不渡り」にならず、回収リスクはむしろ高まる側面もあるという。建設業にとっては取引先の与信管理が一層、重要になる。
 長期的に建設業の資金繰りに影響しそうなのが、金融機関からの借入金利の上昇だ。大手と比べて利益率の低い中小企業ほど、運転資金の調達に伴う金利負担が大きくなりやすい。時間外労働規制で工期が長期化しやすくなったことも、金利負担の影響を大きくする。
 対応策としては、借入金の圧縮や、入金までの期間短縮など、資金繰りの見直しが重要になる。外注費が上昇を続ける以上、労務費を適正に転嫁し、賃上げできる環境を整え、自社の施工力を高めることも欠かせない。金利上昇や担い手不足といった競争環境の変化を直視し、企業体質を強化することがこれからの建設業経営に求められる。

(2)重層構造全体で対処を 手形廃止へ迫るタイムリミット 2025/9/11

 「やめたいが、やめられない」。紙の手形の利用状況に関する全国銀行協会の調査には、中小企業のそんな声が数多く寄せられた。だが、2026年度末には手形の電子交換が終了し、実質的に利用が廃止となる。ピーク時からは減ったものの、建設業は手形の利用が多い業種の一つだ。現金払いや電子記録債権(でんさい)といった決済手段への切り替えは間に合うのか。
 24年に電子交換所で交換された手形の枚数は974万枚。ピークだった1979年からは約20分の1にまで減ったものの、いまだ膨大な枚数が流通している=グラフ
 今も手形の利用を続けている建設業者の多くは一人親方や中小の専門工事業と、その取引相手である元請け企業だ。全国建設業協会が会員企業を対象に2025年度に行ったアンケートでは、元下間の請負代金額の支払い手段の一部または全部で手形を使用している割合は22・2%となった。
 手形を振り出す側は決済までの猶予期間の確保、受け取り側には裏書譲渡というメリットがあり、いずれも資金繰りの手法として建設業界に根付いてきた。小規模な事業者の場合、経理事務の見直しが難しいという事情もある。結果として、「やめたい」と考える事業者が多くても、手形利用を希望する取引先がいるため「やめられない」という状況が続いてきた。
 一方、政府は決済手段の近代化に向け、21年の成長戦略で手形の廃止を表明。これを受け、全銀協も手形廃止に取り組むとともに、26年度末から電子交換所での手形交換の終了を打ち出した。
 手形に代わる決済手段として、全銀協は電子記録債権の普及を急ぐ。手形の不渡りと同様の「不能処分」があるため、信用力を担保できる他、裏書き譲渡に相当する機能も備える。印紙税が非課税で、郵送・現物管理の負担を減らせるなど、手形にないメリットもある。
 でんさいを使うには、取引を行う双方の事業者がサービスを利用している必要がある。重層的な下請け構造にある建設業者が足並みをそろえなければ、新たな決済手段への切り替えは難しい。でんさいネットは、元請けが開く安全大会などの機会をとらえて普及に取り組んでいるという。24年には、より簡易な「でんさいライト」を開始し、サプライチェーンの末端にある一人親方を含めて浸透を目指す。
 手形廃止のタイミングでは、一時的に企業の資金繰りが苦しくなる恐れもある。預金残高がマイナスになる分を金融機関に建て替えてもらう当座貸し越しや追加融資など、倒産を回避する工夫が必要だ。
 政府が手形廃止を推進するのは、決済のデジタル化に加え、弱い立場に取引のしわ寄せがいく商慣行の見直しを促す狙いもある。24年11月からは、特定建設業が一般建設業の下請けに60日超の手形で決済すると「法違反の恐れがある」とされた。
 手形が廃止され、でんさいや現金払いに切り替わったとしても、長期の支払いサイトという"旧弊"が維持されては、建設業の資金繰りは改善しない。発注者から元請け、下請けまで、サプライチェーン全体で支払い条件を改善できるかが問われている。

(3)クレカが変える経理事務 手形に代わる決裁手段 2025/5/16

 長く現金払いや手形が主流だった資機材の調達に、クレジットカードによるキャッシュレス化の波が迫っている。導入企業は、支払いまでの期間(サイト)の確保による資金繰りの安定化や、工事に伴うコストの可視化をメリットに挙げる。手形の電子交換が2026年度末に終わろうとしている今、クレジットカードという新たな決済手段は建設業界に何をもたらすのか。
 「あらゆる建設資材をカードで買える世界を作る」。建設業振興基金が7月に開いたフォーラムにゲスト参加したアメリカン・エキスプレス・インターナショナルの神嶋淳志副社長はそう述べた=写真。クレジットカードは個人の支払い手段として定着しているが、同社は近年、建設分野の企業間取引でクレジットカードによる決済の普及に注力してきた。
 支払いが可能な取り引きは、建設機械のレンタルから管材、建材、仮設資材、電材の調達まで幅広い。もともと同社の法人会員に占める建設企業の割合は大きく、「建設分野には非常に大きな潜在市場がある」と神嶋氏は見る。
 とはいえ、建設業の支払い手段は銀行振込が圧倒的だ。同社が23年に行った調査では、86・1%と大半を占めた。次いで現金が62・5%を占め、口座振替が47・6%、手形・小切手の41・4%が続いた。クレジットカード決済は30・7%で、定着は道半ばと言える=グラフ
 建設業がクレジットカードを利用するメリットの一つとして、神嶋氏が挙げるのは「支払いサイトを長く取れること」。施工に先だって建材購入などで大きなコストがかかる一方、入金のタイミングが完成後となるなど、手持ち資金が枯渇しやすい建設業にとって、その魅力は大きい。これまで手形が果たしてきた役割を代替する効果があると言えそうだ。
 大規模な調達部門を備えた大手ゼネコンは別として、人員の限られた地域建設業にとっては、工事に伴う実行予算の管理をはじめとした経理事務の負担は大きい。クレジットカードを導入することで、取引先の与信管理が不要になる他、資機材の調達・支払い状況を一元的に把握することも可能になる。銀行振り込みに伴う手間や手数料を減らすことができ、バックオフィス業務の効率化にもつながる。
 従来、建設業の経営を巡っては、手形を用いた長期間の支払いサイトの設定や、支払い遅延の発生による資金繰りの複雑化が課題として指摘されてきた。資機材価格が高騰するなど、より厳密な資金繰りが求められるようになった近年、いわゆる"どんぶり勘定"が通用する余地は小さくなっている。
 建設現場の遠隔臨場やICT施工など、施工分野ではデジタル化が進展したものの、経理事務をはじめとしたバックオフィス分野では、紙書類が中心の業務が根強く残る。キャッシュレス決済の特性を生かした経理事務の効率化は、建設業の経営を効率化する新たな一歩となるかもしれない。

(4)インフレが促す「脱請負」 地域建設業が選ぶ道は 2025/9/25

▲閉鎖中の中野サンプラザ

 再開発計画が白紙となった中野サンプラザ(東京都)をはじめ、官民を問わず建設プロジェクトの中止や延期が全国で相次いでいる。資機材価格や労務費の高騰を受け、当初想定した予算での事業実施が困難になる例が目立つ。建設業者にとっても、従来の総価一括請負では受注後のコストアップを転嫁できず、受注の可否を慎重に判断せざるを得ないのが実情だ。長く続いたデフレの終わりとともに、受発注者の関係が変わりつつある。
 
 公共事業に注目すると、施設の整備と運営を一体で発注するPFI事業は事業期間が長くなるため、特にインフレの影響が顕在化しやすい。自身も多くの官民連携事業に携わったインデックスグループ(東京都)の植村公一代表は、公共発注者に顕著な課題として「建設コストばかりに注目し、運営段階のコストに目を向けないこと」を挙げる。
 資機材価格の高止まりや中長期的な担い手不足から、建設コストは今後も増加が見込まれる。建設コストの上昇分は適正に転嫁し、むしろ施設が完成した後の運営段階の効率化や収益性向上で、事業全体の費用対効果を高めることが重要だと、植村氏は説く。
 建設コストの転嫁には透明性が求められる。適正な価格転嫁のため、有効な手法の一つが材料費や労務費を発注者に対して可視化する「オープンブック方式」と、かかった費用を実費精算して報酬(フィー)を上乗せする「コスト+フィー」の併用だ。建設業者にとっては、総価一括請負のようにコスト削減で大きな利益を得ることは難しいが、インフレの状況下でも着実に一定の利益を得られる。想定外のコストアップによる資金繰りの悪化を避け、経営を安定させる効果が期待できるという。
 こうした発注手法を取り入れるには、施設の整備段階で開示された建設コストを精査し、運営段階でも円滑に事業をマネジメントする能力が発注者に求められる。だが、地方自治体の技術職員は減少傾向が続き、専門外の職員が発注関係事務を担当する例も少なくない。植村氏は「地元の設計事務所や建設会社がそういったビジネスを開拓するのはどうか」と唱える。
 海外に目を向けると、一般的に建設会社と呼ばれる企業も、建設工事に専念する業態と、プロジェクトマネジメント(PM)に特化する業態に分かれる。国内のゼネコンも二つの業態のいずれかを選ぶ岐路に立っているというのが植村氏の見立てだ。
 工事に専念する企業は、労務費や材料費を実費精算し、地域のインフラを支える企業として存続するために必要な報酬を受け取る。PMに特化した企業は自治体を技術的に支援し、円滑な工事の実施や施設の運営・維持管理を後押しする。持続するインフレが、建設業のビジネスモデルをそんな風に変えるかもしれない。「今は狭間の時期と言える。建設業界も、新たな社会システムに合わせて変わっていくべきではないか」(植村氏)

(5)金利上昇で問われる経営力 地域建設業を未来に残す 2025/5/29

 コロナ禍で低く抑えられていた金融機関からの調達金利が、上昇に転じつつある。東京商工リサーチの調査によると、2024年の中小企業の推定調達金利は建設業が最高の1・14%となった。金融機関は今後、企業の成長性や与信リスクをより敏感に金利に反映するようになる。個々の企業の「経営力」が試される。
 デフレの環境下で、建設企業の借入金利は低い水準に抑えられてきた。しかし、東日本・西日本・北海道建設業保証の3社がまとめた地元建設業の景況調査では、24年の下期を境に短期借入金利が「1%未満」と回答した企業は急減している=グラフ
 大手と比べて中小建設業の借入金依存度は高く、借入金の返済負担増加や利益減少は、じわじわと経営体力を削りかねない。金利引き上げを打診されたとき、建設業はどう動くべきか。
 よりよい条件での借り換えや金利の引き下げ交渉が重要になるが、金融機関と協議する際には、自社の成長性や健全性を示す必要がある。財務体質を改善するためにも、まず避けなければいけないのが目先の資金繰りを確保するためだけの無理な工事受注だ。
 金融庁が金融機関向けにまとめた中小建設業の支援に関するハンドブックでも、採算の見通しがないまま受注した工事が現場に負担をかけ、財務状況の悪循環に陥ることが指摘された。特に、資機材価格や労務費が高騰している現状では厳格な予算・原価管理が欠かせない。
 昨年成立した改正建設業法によって整備された価格転嫁ルールは、価格高騰による利益の目減りを防ぐ有効なツールとなる。契約前に、請負額に影響を及ぼす「おそれ情報」を発注者に示し、契約書面にも金額変更方法を記載しておくことで、リスクが顕在化した際には発注者に誠実な協議の努力義務を課すというもの。想定リスクの整理やこまめな受発注者協議、書面の保存といった手間はかかるが、資金面で不測の事態を避けることができる。
 人員に限りのある中小建設業の場合、資機材調達などの権限は、現場代理人に委ねられることが多い。コスト管理をはじめ、バックオフィスの支援機能の強化はますます重要になる。
 一方、オーバースペックの抑制や高強度部材の採用による数量・作業量の削減といったVE提案には現場の知見が欠かせない。現場と管理部門のコミュニケーションを改善することが、個々の工事の利益拡大に直結する。

■財務基盤の安定に資本性借入金

 財務基盤を安定させる観点からは、政府系金融機関や一部の民間銀行が取り扱う資本性借入金の活用も有効だ。新規に借り入れても資本の一部と見なされるため、財務諸表は改善する。
 政府は資本性借入金の活用を推進する方針を表明している。これを受け、国交省は今年7月から経営事項審査で資本性借入金を自己資本と見なし、X評点・Y評点のアップに活用できるようにした。ただし、償還期間が5年を切るとみなし資本が毎年20%ずつ減少する。この間に人材の強化や技術力向上を通じ、出口戦略を立てることが重要だ。
 国交省は今年、技術と経営に優れた企業の在り方や、その評価方法に関する有識者勉強会を発足させた。26年3月にかけて議論を重ね、中長期の建設業政策の方向性を示すという。楠田幹人不動産・建設経済局長は就任時のインタビューで、金利上昇の資金繰りへの影響を念頭に「経営力をより強化していくことが必要になる」と指摘した。
 金利や資機材価格の上昇、担い手不足といった課題はいずれも中長期的なものだ。資金繰り改善や現場の生産性向上といった個社の経営努力は前提として、将来にわたって地域インフラを支える建設業をどのように維持するかという観点からの議論も期待したい。