連載『知りたい 防衛施設の強靭化』
5年間で4兆円を執行する防衛施設の強靱化事業がいよいよ最盛期を迎えます。防衛省は計画期間内に大量の事業を終えるために、地域の建設業の参画を求めています。連載企画「知りたい 防衛施設の強靭化」では、強靱化事業の全体像、強靱化事業をきっかけに見直された防衛省の入札・契約制度、発注体制の強化などについて解説します。(全6回)
(1)総額4兆円の防衛力整備計画 地域建設業の協力不可欠 2025/12/18

「防衛力整備計画」の閣議決定から12月16日で3年がたった。防衛施設の強靱化に5年間で約4兆円を充てるこの計画は、折り返し地点に差し掛かり、各地の駐屯地や基地で、強靱化事業が本格的に動き始めている。これまでにない多くの事業を抱えることになった防衛省は、強靱化事業の円滑で着実な執行に地域の建設業の協力が不可欠とし、入札・契約制度の見直しに取り組んでいる。
防衛施設の強靱化事業で、すでに執行された予算に2026年度概算要求額を加えると、強靱化事業の予算は合計3兆0772億円となり、計画目標の総額約4兆円の8割に上っている。防衛省は、26年度当初予算の概算要求で、25年度予算比53・0%増の1兆0636億円の大幅な予算増額を要求した。26年度は、これまでの計画・設計段階から、本格的な施工の段階へと移行する。
すでに発注件数も増加している。24年度の発注件数は、計画初年度の22年度と比べ、工事で14・4%、建設コンサルタント業務で24・6%増えた。政府全体の公共事業費が横ばいで推移し、労務費・資材価格の上昇によって発注件数が減少していることを考えると、この発注件数の増加は異例だ。
防衛省の整備計画局施設計画課も、26年度が「25年度までに完了させる調査・設計を踏まえ、工事が本格化する年」(防衛省整備計画局施設計画課)と考えている。隊舎や庁舎の建て替え、空調設備更新などに5365億円を充てる他、部隊新編や新規装備品導入に向けた施設整備にも4107億円を投じる。工事の発注件数は26年度にさらに増加する見通しだ。
ただ、予算と発注件数の急激な増加は、応札者と金額が折り合わない「不調」や応札者が不在の「不成立」の増加を招いている。24年度に発生した不調・不成立は工事で302件となり、22年度の2・7倍に増加した。不調・不成立となった工事も、発注条件を変更して再公告し、契約に至っているとしているが、大量の事業を計画期間内に終える上で、落札者決定プロセスに時間のロスが生じている。
不調・不成立を減らすためには、これまで防衛省の受注実績がない建設企業の参加が必要だ。防衛省は、一部の秘密保持を求められる施設を除けば、「他省庁の入札・契約制度と大きく異なるわけではない」(整備計画局建設制度官)としているが、受注実績のない企業にとっては、強靱化事業が〝特殊な仕事〟と映るのかもしれない。防衛省は、総合評価落札方式において新規参入を促すため「競争参加向上型」によって受注実績の少ない企業が入札参加しやすくなるよう民間での実績などを評価している他、適正な予定価格を設定するために「見積活用方式」も導入している。24年5月に発足した防衛施設強靱化推進協会(PDFR、乘京正弘会長)との意見交換会も開き、受注者側の意見を制度設計に反映させている。
一方、地域の建設業にとっての強靱化事業は、大型工事に参画できる絶好の機会だ。防衛省は、大手ゼネコンがスポンサーとなるJVに地元企業が参画できる制度も運用している。防衛力整備計画の決定後に整えられてきた入札・契約制度を知ることは、建設企業にとっても受注確保の第一歩になるはずだ。
▲7月に開庁した佐賀駐屯地(提供/防衛省)
(2)民間施工実績だけでも評価 地元企業の入札参加促進 2025/12/25
▲7月に開庁した佐賀駐屯地(提供/防衛省)
2024年度に、防衛省が公告し、契約に至った工事713件の入札に参加した事業者は延べ約2000者。このうち、6割に当たる延べ約1200者は施工場所の都道府県内に本店を持つ地元企業だった。予算とともに飛躍的に増加している発注件数に対応するため、地元企業の入札参加は、防衛施設の強靱化を進めるための欠かせない要素となっている。
地域に根差し、住民からの信頼が厚い地元企業が工事に加わることで、品質の高い工事を円滑に進められるという側面も、防衛省が地元企業の入札参加を不可欠と考える理由の一つだ。
一方、防衛施設は自衛隊の活動基盤であり、施工不良の未然防止や高い履行確実性が強く求められる。このため、地方防衛局などが過去に発注した工事の施工実績のある応札者を高く評価している。こうした評価基準は、品質確保の観点では重要だが、実績の少ない地元企業にとっては入札参加のハードルにもなる。
そこで防衛省は、地元企業の参画を後押しするため、さまざまな取り組みを講じている。その一つが、地方防衛局などの工事成績ではなく、マンションなど、民間工事の実績を評価する「競争参加向上型」という入札方式だ。この方式は、民間の同種工事、類似工事が多く、民間の実績で評価しても防衛省が求める品質で施工できると認められる工事に適用している。
従来より導入している施工能力評価型では、企業・技術者の能力として、地方防衛局などの工事成績、表彰実績、難工事実績に60点中50点を配点している。
競争参加向上型では、工事成績や表彰実績などではなく、民間の実績を含めた同種の工事の施工実績を評価する=図。施工能力評価型と同様に、60点中50点を配点している。

この入札方式は、20年度から試行しており、24年度には約50件の入札に適用。初めて防衛省の入札に参加し、受注まで至った事業者も多いという。
また、自衛隊基地や駐屯地の大規模な更新事業のECI方式の入札で、JVの構成員に加わることも実績を積む手段になる。防衛省では、JVの構成員数を最大10社に緩和しているだけでなく、地元企業を含むJVにインセンティブ、地元企業に対する下請け発注率に応じたインセンティブを設けている。
入札公告の時点で、防衛省の競争参加資格を有していなくても、開札までに資格の登録が完了していれば、入札への参加が可能だという。
防衛省の工事は、地方防衛局だけでなく、各部隊や各機関からも発注されている。これら小規模工事も、全て防衛省の工事としての実績とみなされる。防衛省は、「まずは小規模な工事や競争参加向上型、JV構成員としての参加を通じて入札に参加し、実績を積み重ねてほしい」(防衛省整備計画局建設制度官)と、地元企業の積極的な入札参加を呼び掛けている。
(3)不調・不成立防止に注力 新たな入札参加者呼び込む 2026/1/8
▲南西防衛体制を強化する一環で2023年に開設した石垣駐屯地
政府の2026年度当初予算案で、防衛費が初めて9兆円を超えた。このうち、防衛施設の強靱化には前年度比26・3%増の8784億円が充てられ、26年度は発注件数の増加が見込まれている。実際、22年度から24年度までの3年間の契約件数は大きく伸びた。だが、不調・不成立件数は、契約件数を上回る伸び率で増加した。防衛省は、「これまで入札に参加してこなかった新たな建設業者を呼び込まなければ」(防衛省整備計画局建設制度官)と、不調・不成立防止に向けた入札制度づくりを進めている。
24年度の契約件数は、工事が22年度比14・4%増の713件、建設コンサルタント業務が24・7%増の1085件。一方、入札者がいたものの落札に至らなかった「不調」と、入札参加者がいないために入札取りやめとなった「不成立」の合計件数は、工事が111件から302件に増え、コンサル業務が45件から284件と、いずれも大幅に増加している。
▲2022~24年度の不調・不成立件数
不調対策の一つとして、実勢価格と乖離(かいり)した予定価格とならないよう、防衛省は「見積活用方式」を試行しており、積算価格と実勢価格にギャップがあると考えられる項目の見積もりを入札参加予定者に提出させ、妥当性が確認できた見積もりを積算価格に反映している。
発注者側の積算にできる限り透明性を持たせつつ、適正な価格算定がされるように見積単価を事前に交付する取り組みも進めている。これにより、22~24年度の平均落札率は工事は約96%、コンサル業務は約91%と、他の発注機関と比べて高水準で推移するなど、受注者の適正な利潤の確保に努めている。
また、建設業の慢性的な技術者不足にも対応している。配置予定技術者の施工経験の規模要件を廃止し、施工実績も「求める同種工事の現場施工期間の2分1以上の期間に従事」へと緩和。WTO基準額以上の工事では、配置予定技術者の資料提出を落札候補者のみに限定している。
さらに、入札参加者が、入札前に一時的に支払う入札保証金の納付方法も1月から改めた。防衛省では、5億円以上の土木一式工事・建築一式工事と、3億円以上のその他の工事について、見積金額の5%分となる入札保証金の納付を求めている。
これまでは、入札保証金については、現金の納付のほか、国債や銀行の保証を担保として認め、さらに保険会社による入札保証保険契約を締結した場合に納付を免除していたが、これに加え、1月以降に公告する工事では、新たに銀行等や保証事業会社による契約保証の予約も入札保証金の納付を免除できるようになる。
防衛省は、入札制度の見直し以外にも、工事書類のスリム化やDX化による現場の働き方改革、費用計上の見直し、技術業務へのスライド条項適用などの取り組みを通し、入札参加者の増加を試みている。防衛省の事業に関心の高い団体や学識者とも意見交換を重ねており、「制度のさらなる改善に向け、柔軟に対応する」(施設計画課)と話している。
(4)〝秘密の案件〟は情報管理徹底 設計図面、保全施設で管理 2026/1/15
▲宮城県の松島基地にあるブルーインパルス格納庫
防衛省が発注する建設工事と業務の中には、いわゆる〝秘密の案件〟と呼ばれるものがある。秘密の指定を受けた案件の受注者には、通常よりも厳重な情報管理が求められる。こうした案件があると、防衛省の受注実績のない企業は入札参加を控えることもあるかもしれないが、実際には、年間700件の発注工事のうち、秘密の案件は数える程度しかない。防衛省の発注工事・業務に求められる情報管理とは、どのような水準のものなのか。
一般的な庁舎・隊舎の建設工事や業務は、秘密指定の対象にはならず、通常の建設工事や業務と同じく、受発注者の契約条項として、守秘義務が課される。基地内の施設などをスマートフォンなどで許可なく撮影し、SNSにアップするといった行為は当然禁止される。
秘密の案件に指定されるのは、秘密に該当する施設の設計図を扱う建設工事や業務。具体的には、防衛施設にある司令部の地下化や、主に戦闘機の防護を目的に設置する、えん体(シェルター)などを指定する。
受注者は、秘匿性の高い情報を管理するため、一定の基準を満たした「秘密保全施設」を整備し、その内部で設計図面を作成・管理する必要がある。秘密保全施設に立ち入り、設計図面を取り扱う作業者は必要最小限に限られ、発注者の許可を得る必要もある。秘密保全施設内に携帯電話などの電子機器を持ち込むことも禁止されている。
厳重な管理が必要になる書類は設計図面だけではない。施工中に撮影した写真や、作成した資料も秘密情報として扱われ、金庫で厳重に保管しなければならない。
施工現場でも対策の徹底が求められる。秘密に指定された区画は、外部から見えないように仮設の塀などで囲い、出入り口には警備員を配置。立ち入りは許可を受けた者に制限する。契約書には秘密保全に関する違約金条項も盛り込まれる。
事業者の不十分な管理により秘密が漏れた場合、指名停止や工事成績の減点といった措置に加え、「防衛生産基盤強化法」に基づき、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される場合がある。
防衛省の発注工事でも、外国人技術者・技能者が従事することは「建設業界で技術者が不足している以上、外国人労働者の労働力は必要だ」(防衛省整備計画局施設計画課)として、認めている。ただ、秘密保全の観点から、受注者には外国籍の作業者が、自衛隊施設などの駐屯地や基地に立ち入る際には、在留カードなどによる本人確認を求める。駐屯地や基地ごとに定めている入門に関する規則に従う必要もある。
(5)隊員の生活環境改善 防衛力強化の担い手確保 2026/1/22

戦後最も厳しく、複雑な安全保障環境にあると言われる中、防衛力強化の担い手となる自衛隊員の定員割れが続いている。2024年度末時点で、24・7万人の定員に対し、実員は約22万人。防衛省は、自衛隊員の確保を最重要課題と位置付け、対策の一つとして、自衛隊員が日々過ごす隊舎や庁舎の強靱化による生活勤務環境の改善に本腰を入れている。
戦略3文書の一つ、「国家防衛戦略」では、全ての隊員が高い士気と誇りを持ち、個々の能力を十分に発揮できる環境整備の必要性が明記されており、防衛施設の強靱化はその基盤を支える役割を担っている。老朽化した既存施設の更新を進めれば、隊員が任務に専念できる環境の整備につながるためだ。
特に、隊員が1日の多くの時間を過ごす隊舎や庁舎は迅速に建て替え・改修を進める必要がある。23~25年度(当初予算)には約7300億円の予算が充てられ、旧耐震基準の施設から優先的な整備を進めている。旧耐震基準の施設約1400棟のうち、25年度末までに約700棟の建て替え・改修に着手する見通しだという。
▲改修後の自衛隊隊舎
隊舎の建て替え・改修に当たっては、単に従前の施設機能を維持するのではなく、若い世代のライフスタイルに合った生活勤務環境に改善しなければならない。その最たるものが居室の完全個室化だ。これまで一部屋を2~3人の隊員でシェアしていたが、階級に関わらず居室面積を15平方㍍とする方針を決めた。陸上自衛隊では25年度、海上・航空自衛隊では28年度までに個室化を完了させる計画だ。
個室は、共用の水回りを備えた「Aタイプ」と、室内にユニットバスやシャワーを併設する「Bタイプ」の2種類とする。教育部隊などでは、隊の方針により30平方㍍の部屋を2人で使用する相部屋も残るが、この場合でも、必要に応じて簡易間仕切りで分割できる仕組みとする。
また、隊舎の共用部も改善する。洗面台の増設の他、増加傾向にある女性隊員が快適に使用できる女性用の区画も整備する。エントランス、キッチン、各居室には木材を積極的に取り入れ、無機質だった従来の隊舎から、ホテルを想起させる快適な空間へと転換する。
駐屯地の外にあり、家族を持つ隊員や、異動が多い隊員が住む宿舎も、25年度末までに約9000戸で建て替えと大規模・中規模改修に着手する。
防衛省は、「防衛施設の強靱化は単なるインフラにとどまらず、自衛官の人材確保や能力・士気の向上に貢献している」(防衛省整備計画局施設計画課)と話す。
(6)防衛省のカウンターパートに 入札参加の障壁取り除く 2026/1/29
▲防衛施設強靱化推進協会 乘京正弘会長
2024年5月に発足した防衛施設強靱化推進協会は、防衛予算の急激な増加に合わせ、〝防衛省のカウンターパート〟としての地位を急速に確立している。乘京正弘会長は、「意見交換会というオープンな場で、防衛省と建設業界の橋渡しをすることで、地域の建設業が入札に参加しやすくなり、防衛施設を強靱化する意義も理解してもらえる」と協会の存在意義を語る。
協会の会員数は設立から1年8カ月で410社(うち支部会員253社)まで増加し、地域の実情を防衛省に届ける体制が整いつつある。25年12月に開かれた沖縄支部と沖縄防衛局の意見交換会には乘京会長も出席。米軍基地内の工事を受注する沖縄支部の会員企業から、「本部からは見えない、現場の本音が聞けた」と振り返る。
意見交換会では、入札契約制度や工期設定などの課題を整理し、防衛省に改善を求めている。設立からすでに6回、3月末までにさらに2回開催する予定だ。乘京会長は、「防衛省が要望を真摯に受け止め、さまざまな制度を変えてくれたのは、非常に大きな進展だ」とその成果を強調する。
協会の活動は意見交換会の開催だけではない。防衛施設整備に関する知見や実績のある技術者を適正に評価するための資格制度の創設も進めている。防衛施設建設工事に係る技術や諸制度、部隊との調整方法など、防衛省の工事・業務の受注者に求められる知識を講習会で学んでもらい、理解度を確認する試験の合格者に資格を付与する。
資格制度は、防衛省の工事・業務を受注したことのない企業にとって、知識習得の機会となり、新規参入の障壁を下げることにもつながる。乘京会長は、「地方での工事は、地域の建設業も参画しなければ円滑な施工を確保できない」と資格制度の必要性を指摘する。
適合品等登録システムも開発中だ。防衛省の工事で使用している資機材の実績や特性などをまとめ、設計者、ゼネコンに提供する。
また、大規模な災害で防衛施設が被害を受けた際、復旧を支援するための協定を支部と地方防衛局との間で年度内にも結ぶ考えだ。災害時でも自衛隊員が救助活動などに専念できる体制を整えるのが狙い。
乘京会長は、防衛施設の強靱化について、「国を守るために必要な施設であることを理解した上で施工すべきだ」と主張。会員企業を対象に、開いている講演会や講習会、防衛施設の見学会では、それぞれの施設が担う役割や強靱化の意義への理解を深めてもらう。
建設業は長年、インフラ整備を通じて国民の安全・安心を支えてきた。乘京会長は、防衛施設の強靱化もその延長線上にあると考えている。そのためにも、「入札参加の障壁を早急に取り除き、建設業界が防衛力向上のために力を発揮できる環境を整えたい」と力を込める。
