連載『解説 労務費の基準』
労務費の基準は、発注者との価格交渉のツールとなり得るものですが、複雑で分かりにくい側面もあります。連載「解説 労務費の基準」では、建設工事の受注者が労務費の基準を使いこなせるよう、見積もりでの活用方法、ペナルティーの運用、公共工事での対応などを解説します。(全11回)
(1)賃金原資を確保する"武器"に 第3次担い手3法が全面施行 2025/12/12

きょう12月12日、第3次担い手3法が全面施行され、「労務費の基準」に基づく請負契約の新たなルールの運用が始まる。技能者に支払う賃金の原資を、発注者と元請け、下請けという建設工事のサプライチェーン全体で確保しようとする新たな制度が動き出す。個々の建設企業がこのルールを価格交渉の"武器"として使いこなせれば、担い手を確保し、競争力を強めることにもつながる。
改正法の全面施行により、建設業の商慣習は大きな転換を迫られる。従来、総価一括請負の契約慣行で、労務費は材料費などのコスト上昇分のしわ寄せを受けやすく、下請けが重層化するにつれて労務費が目減りする傾向も見られた。労務費の基準は「適正な労務費」の相場観を示し、労務費のダンピング競争に歯止めをかけることで、末端の技能者に賃金を行き渡らせる仕組みとなる。
■起点は建設業者の見積もり
新たなルールの運用が労務費の確保に直結するわけではない。起点になるのは、建設業者による適正な見積もりだ。改正法では、建設業者に材料費や労務費、必要経費を内訳明示した見積書(材料費等記載見積書)を作る努力義務を課す。
その上で、基準に照らして著しく低い労務費による見積もりや見積もり依頼を禁止。見た目上、労務費を確保していても他の経費を削ることのないよう、総価での原価割れ契約を受注者にも禁止する。著しく短い工期による契約締結も禁止し、工期ダンピングを防ぐ。違反した建設業者は指導・監督の対象となる。発注者も勧告・公表の対象とし、適正な労務費確保の実効性を担保する。
■基準は全ての工事に適用
労務費の基準は、公共工事・民間工事を問わず、受発注者間や元下間など全ての請負契約に適用される。適正な労務費を「公共工事設計労務単価×条件に応じた歩掛」に必要な施工量を乗じた額と位置付け、価格交渉の相場とする。行政が指導・監督する際の参考指標にも活用する。
価格交渉を円滑化するため、国土交通省は専門工事業団体などの協力を得て職種分野別に「労務費の基準値」も作成した。初弾は13職種分野の99工種が対象で、標準的な施工条件・作業内容での単位施工量あたりの労務費を示す。基準のポータルサイトで、都道府県・職種分野別に検索、閲覧できる。
実際の工事では、基準値を参考にしながら現場ごとに適正な労務費を見積もる必要がある。発注者や元請け、上位下請けといった工事の注文者は、提出された見積もりを尊重しなくてはならない。もちろん、基準値が整備されていない職種分野であっても、労務費の基準の考え方に沿った適正な労務費を確保することが求められる。
■生産性の競争へ
労務費に基準が設けられたとき、建設業者は何を競争力とすべきか。答えの一つは生産性だ。基準を構成する労務単価部分を著しく引き下げることは違法となるが、独自の工法・技術で歩掛を改善し、基準値よりも安価な労務費で受注することは認められる。
基準を守って適正な労務費を見積もっても、他の建設業者がダンピングをやめなければ「正直者が馬鹿を見る」との不安も建設業界には根強い。このため、国交省は、建設Gメンによる監視・指導の強化や、技能者賃金の通報制度の整備、技能者の処遇確保に前向きな企業の可視化など多岐にわたる実効性確保策を講じる。
公共工事については、入札金額内訳書での労務費の内訳明示の義務化や、公共発注者による労務費ダンピング調査など上乗せの対策を実施する。
実際に支払われている労務費が上昇すれば、公共事業労務費調査に基づく公共工事設計労務単価も上昇し、結果として労務費の基準もより高い水準となる。こうした持続的な処遇改善の好循環を実現するには、下請けから元請け、発注者へと価格交渉の努力を積み重ねることが何よりも重要になる。
(2)基準値初弾は13職種99工種 競うのは労務単価でなく歩掛 2025/12/17

改正建設業法に基づく「労務費の基準」は、具体的な労務費の金額を示すものではない。公共・民間工事を問わず、「公共工事設計労務単価×施工条件に合った歩掛×施工量」で適正な労務費を算出するという基本的な考え方をまとめたものだ。13職種99工種で示された「労務費の基準値」には具体的な金額が盛り込まれたが、現場条件に応じて調整する必要がある。基準・基準値を参照しながら、労務費を内訳明示した見積書を作ることが、価格交渉の第一歩となる。
改正法により、全ての建設業者には労務費を内訳明示した見積書の作成が義務付けられた。改正法が施行した12月12日以前に契約した工事であっても、変更契約で施行後に見積書を交付する場合は内訳明示が必要だ。
このとき、「労務費の基準」を踏まえて適正な労務費を計算する必要がある。算出に用いる公共工事設計労務単価は、工事の施工場所が位置する都道府県の値を使用することが適当となる。
■現場条件に応じて歩掛を見直し
価格交渉を円滑化するため、国交省と専門工事業団体などが単位施工量当たりの労務費を示す「基準値」を整備した。初弾は▽型枠▽鉄筋▽住宅分野▽左官▽電工▽とび▽空調衛生▽土工▽潜かん▽切断穿孔▽橋梁▽警備▽造園―の13職種99工種(当初見込んでいた14職種のうち、鉄骨は引き続き調整)で、「労務費の基準」のポータルサイトから確認できる。引き続き12職種で意見交換を進めており、この他の職種も準備が整えば順次、基準値を公表していく。
基準値は、標準的な作業内容・施工条件を前提としており、全ての現場にそのまま適用できるわけではない。直轄工事の歩掛を準用しているため、小ロット工事など歩掛の悪い工事では高い労務費が適正となる。逆に、施工条件の良い工事では基準より安い労務費であっても、必ずしも法違反の「著しく低い労務費」とはならない。
施工条件が同一でも、新技術・工法の導入により歩掛が改善すれば、基準値より安い見積もりも可能となる。ただし、建設Gメンや注文者にその歩掛を設定した理由を説明できなければならない。
■労務単価部分の引き下げは「不適正」
労務単価部分に注目すると、高い技能を持つ技能者が必要な工事や、技能者のひっ迫状況などを踏まえ、基準値より高く設定して見積もることは問題ない。重要なのは、労務費のうち歩掛部分は適宜見直す必要がある一方、労務単価部分を引き下げることは認められないという点だ。
下請けの主任技術者など、施工管理を一部担っていても、施工に従事する技能者の労務費は見積もり対象となる点にも注意する必要がある。
(3)当初、最終見積書は10年保存 労務費明示の定着へガイド 2025/12/19

改正建設業法により、請負契約を締結する際に必要経費を内訳明示した「材料費等記載見積書」を作成する努力義務が全ての建設業者に課された。違法な減額がないか建設Gメンが確認できるよう、当初・最終見積書の保存期間は10年間とされた。これまで見積書を作る慣行のなかった中小建設業者にも徹底してもらうため、国土交通省は見積書の様式例と「書き方ガイド」を公開し、活用を呼び掛けている。
見積書に内訳明示するのは、材料費と労務費だけではない。これまで国交省が専門工事業団体とともに確保に取り組んできた法定福利費(事業主負担分)と安全衛生経費、建設業退職金共済制度の掛金を、適正な施工の確保に「不可欠な経費」として法的に位置付けた。こうした経費についても、通常必要な額を著しく下回る見積もり、見積もり依頼は禁止される。
公共工事においては、入札金額内訳書の中でこれらの経費を記載することとされている。
■建設Gメンの活動の"端緒情報"に
見積書かその写し、注文者との打ち合わせ記録などは請負契約書と同様に、保存義務の対象に追加された。当初見積りと最終見積もりを比較できるようにすることで、例えば注文者の地位を不当に利用した労務費の減額依頼など、法違反の実態を確認しやすくする。
保存期間は工事目的物の引き渡しから10年間。書類管理の負担軽減や書類確認の円滑化のため、国交省は電子的な保存方法が望ましいとしている。
建設Gメンによる2024年度の下請取引に関する実態調査では、当初見積もりと比べて最終見積もりに記載した労務費が「1~2割低い」と回答した下請けが全体の30・4%を占めたという。今後は、通報などに応じて建設Gメンが取引実態を確認し、不当な減額交渉やダンピング受注の指導を通じて適正な見積もり、労務費確保の商慣習の形成を促す。
■中小零細の見積書作成を後押し
職種によっては材工一式で見積もっている建設業者が多い。特に中小零細の事業者では、独自に内訳明示の見積書を作成するのが難しい例も少なくないとみられる。
そこで国交省は、専門工事業者向けに表計算ソフトに対応した見積書の様式例データを提供するとともに、「書き方ガイド」を公開。様式例の明細書に「労務費の基準」を参考に歩掛や適切な労務単価を入力すると、数量を踏まえて必要な労務費が自動計算される仕組みとなっている。
一方、個人や建設業者でない発注者に対しては、見積書の保存義務までは課さない。とは言え、発注者が労務費などの必要額を著しく下回るような見積もり変更依頼を行えば、勧告・公表の対象となり得る。
(4)「請負契約」原則は変わらず 高まる見積もりの重要性 2025/12/24

「労務費の基準」が設けられたことで、建設工事は請負契約から常用へと一歩、近づいたのだろうか。だが、実際の施工でかかった労務費が見積もり時より高くなったり、あるいは安くなったりしても、その差分を注文者と精算することは想定されない。改正建設業法に基づく取引においても、建設工事が請負契約であるという原則は変わらない。
■高騰時は「価格転嫁の円滑化ルール」を活用
ただし、基準を踏まえた見積もりによる契約でも、注文者の都合で設計変更や見積もり条件の見直しが行われた場合は、当事者協議で請負代金額も変更すべきとされる。また、契約当事者の双方に責任のない労務費の変動については、2024年12月に施行された価格転嫁の円滑化ルールに沿った変更協議が可能だ。
受注者が事前に価格高騰リスクを通知しており、契約書に基づく変更協議を申し出た場合は、注文者に誠実に協議に応じる努力義務が課される。リスクを事前に通知していなくとも、労務費上昇で原価が請負代金額を上回った際、注文者が地位を不当に利用して協議に応じず、結果として著しく低い金額となれば建設業法違反となる恐れがある。
■適正見積もりの期間確保
改正法の理念は、下請けから見積もった労務費を積み上げ、適正な労務費を発注者との契約で確保するというもの。とは言え、実際の商慣習を踏まえると、末端の下請け先まで事前に見積もりを取ることは難しい。労務費の基準の運用方針では、下請けから見積もりを取らずに注文者に見積書を提出することも可能とされた。
このとき、受注者は下請けの施工分を含めて、基準に基づき必要な労務費額を見積もることが求められる。設計変更などがない限り、自身の見積額での施工に責任を負うことになる。
契約後、事前に見積もりを取っていなかった下請けから想定以上の労務費を請求された場合、受注者は自己負担で適正金額を下請けに支払うことが原則だ。下請けの見積もりが基準に照らして適正であれば、上位契約を理由に下請けの労務費の減額を依頼すると建設業法違反となり得る。
政令では、予定価格に応じて注文者の側が最低限、確保すべき見積期間が定められている。例えば5000万円以上の工事には15日以上が必要になる。今回の改正により見積もりの重要性が高まったことを受け、国土交通省は注文者に対し、政令の規定にかかわらず適正な見積もり期間を設けるよう求めている。
(5)「お得意様価格」原資は利潤で 低い労務費、原価割れに注意 2026/1/7

「労務費の基準」に基づく取引ルールが始まった今も、閑散期の稼動率を維持するための値引きや、いわゆる「お得意様価格」による安価な見積もりができなくなったわけではない。ただ、基準を著しく下回るような労務費や、総価での原価割れ契約が禁止される以上、値引きの原資には受注者の利潤相当額を充てなくてはならない。ただし、下請けに対しては適正な労務費・材料費などを支払うことが求められ、これを守らなければ法違反となる恐れがある。
■著しく低い労務費による見積もりへの対応
一方、注文者(発注者や元請け、上位下請け)側が受注者から、適法な「お得意様価格」ではなく、労務費の基準を著しく下回るような労務費の見積書を受け取った場合はどう対応すべきか。実は、この場合は注文者に対応の義務はなく、提出された見積書を基に結んだ請負契約も有効とされる。
契約が無効にならないとは言え、原因者である受注者は改正建設業法に基づく監督処分の対象となり得る。国土交通省は、注文者が受注者に意図を確認した上で、ダンピング受注など不適正な場合は駆け込みホットラインへの通報が「期待される」としている。
逆に、受注者が提出した見積もりが、注文者に「高い」と受け止められる場合もある。注文者には、労務費を内訳明示した見積書の内容を考慮する努力義務が課されているが、見積もりが妥当でないと考えられる場合に受注者に修正を依頼することもできる。
予算に合わないと判断すれば、見積書を提出した建設業者と契約しないことも問題ない。ただし、注文者が労務費の値下げを交渉する場合は、見積書の労務単価が公共工事設計労務単価水準を下回らないようにする必要がある。
■減額交渉と合わせた生産性向上提案も可能
注文者が受注者と価格交渉する中で、減額交渉に合わせて生産性を向上させるための提案を行うことも否定されない。この提案は、「労務単価×歩掛」で構成する労務費のうち歩掛部分の改善に関するものである必要がある。
労務単価部分を公共工事設計労務単価水準未満とすることを求めるような提案は不適正だ。無根拠・一方的な歩掛の切り下げや工期短縮の要求は、法違反の恐れがあるとされる。
適正な契約の第一歩はやはり、注文者が十分な見積もり期間を設けた上で、労務費を内訳明示した見積書の提出を受注者に求めることだ。このとき、注文者が労務単価と歩掛の明示を求めることは、労務費の適正性を確認しやすくする観点から推奨される。一方、特に専門工事業には、歩掛の開示に抵抗感のある企業も少なくなく、一律の開示までは求めていない。
とは言え、労務費の基準を著しく下回る見積もりや、総価での原価割れ契約といった法違反が疑われる際は、建設Gメンなどに労務単価と歩掛を開示し、その適正性を示すことが求められる。
(6)公共工事に「上乗せ」措置 労務費ダンピング調査新設 2026/1/9

「労務費の基準」に基づく新たな取引ルールの整備を受けて、特に公共工事には労務費確保に向けた上乗せの措置が課される。担い手確保や処遇改善に率先して取り組む役割が期待されるためだ。公共工事の入札参加者には、労務費を記載した入札金額内訳書の提出を義務化。新たに発注者が「労務費ダンピング調査」を実施することにし、記載内容に不備があれば必要に応じて落札候補者に注意喚起・警告し、建設Gメンに通報する。
改正建設業法では、民間を含めた全工事で建設業者に対し、▽労務費▽材料費▽法定福利費の事業主負担分▽建退共掛金▽安衛経費―を内訳明示した見積書を作成する努力義務を規定。公共工事を対象とした改正入札契約適正化法は、入札金額内訳書でこれらの項目を内訳明示することを義務化した。
国交省は改正法の施行に先立ち、地方自治体に内訳書の様式例を送付した。様式の見直しに時間がかかる場合は、既存様式の欄外での明示も可能とした。内訳書の内容に不備があると、提出者の入札が原則として無効とされる。
さらに、確認する工事費の範囲を労務費を含む直接工事費に絞った「労務費ダンピング調査」を新設した。低入札価格調査制度や最低制限価格制度を導入している発注機関は、失格しなかった落札候補者に労務費ダンピング調査を実施する。未導入の団体には予定価格以下の最低価格で応札した落札候補者に労務費ダンピング調査を実施するよう求めている。
労務費ダンピング調査では、落札候補者の入札金額内訳書に記載された直接工事費が官積算額の97%(中央公契連モデルの係数)を下回った場合に、ヒアリングや書面で理由を確認する。
確認に際しては、落札候補者が内訳書の作成に際して「労務費の基準」や公共工事設計労務単価を適切に踏まえているかがポイントとなる。国交省は、適用している公共工事設計労務単価が最新の値となっているか、職種・工種・地域に発注者の想定とずれがないかを確認事項として例示している。
ロットが通常の工事と比べて大規模だったり、発注者の想定と異なる新技術・工法を活用するなど、落札候補者が高い施工効率を見込んでいる場合は「合理的な回答」と見なされる。一方、下請けから徴収した見積書の内訳を確認しないまま転記した場合などは、「合理的ではない回答」とされる恐れがある。
合理的な回答が得られない場合も法的に契約が無効になることはない。ただし、発注者が原則として書面で注意喚起・警告を行い、建設Gメンに通報することとなる。
さらなる措置として、国交省の直轄土木工事では、技能者の賃金支払いや労働時間の実態調査を受注者の協力を得て試行する。技能者が実労働時間と公共工事設計労務単価に見合った賃金を受けとっているかを把握する手法を整備。適正な労務費を支払う企業が不利にならないような受注者の選定方法の検討に生かす。
(7)どう使うコミットメント条項 適正支払い表明、選択は任意 2026/1/14
「労務費の基準」に沿った見積もりや契約が行われたとしても、実際に適正な労務費や賃金が支払われなければ、技能者の処遇改善という目標は達成できない。実効性確保のため、国土交通省の中央建設業審議会は契約書のひな形「標準請負約款」を改正し、当事者間で適正な労務費・賃金支払いを表明する「コミットメント条項」を盛り込んだ。選択条項のため、実際に活用が進むかは発注者、元請けが処遇改善に関与(コミット)する姿勢にかかっている。
コミットメント条項は、公共工事と民間工事、元下契約で使用する契約書のひな形(標準約款)に、当事者が任意で使用できる条項として位置付けられた。他分野にも例がない仕組みのため、いきなり必須の条項とはせず、選択の条項として普及を促していく。

コミットメント条項には、AとBの2パターンの条文を設けた。共通の内容として、受注者が注文者(発注者、元請け、上位下請け)に対し▽直接雇用する技能者への適正な賃金支払い▽下請けへの適正な労務費支払い▽注文者の求めに応じ、支払い状況に関する書類を提出―を約束。労務費を末端の技能者にまで賃金として行き渡らせることを担保する。
条文Aではこれに加え、下請け契約でもコミットメント条項の導入を約束する。条文Bでは、下請けが同様の条文を導入するか個別に判断する。国交省としては、条文Bも準備してハードルを下げ、まずはコミットメント条項の活用を促す考えだ。
また、国交省の直轄工事でもコミットメント条項を導入したモデル工事の実施を予定。活用事例を蓄積し、地方自治体や民間発注者に水平展開する。
賃金支払いの情報開示に際しては、賃金台帳ではなく誓約書の提出を求める。労務費支払いについては、下請け契約書の写しを提出する。
民間7団体で構成する委員会が作る民間建築工事の契約書のひな形「民間(七会)連合協定工事請負契約約款」にも、条文Bに沿ったコミットメント条項が新設された。
特に民間発注者からは、自社の支払った労務費が末端の技能者に賃金として行き渡っていることの確認を求める声が根強い。コミットメント条項の導入はこうした発注者にとって、株主などへの説明責任・コンプライアンスの観点からメリットがある。受注者にとっては、自社が下請けや雇用する技能者に適正な賃金・労務費を支払う企業であるというアピールポイントに活用できそうだ。
標準約款では、コミットメントに違反した場合のペナルティーを規定していない。注文者側に損害賠償請求権が生じるようなものではないが、契約上の債務不履行には該当するため、契約解除の理由になり得る。
(8)適正支払いの宣言制度創設 「正直者」が報われる業界に 2026/1/16
「労務費の基準」に沿って適正な労務費・賃金を支払う建設企業にとって、最も避けたいのは労務費をダンピングする企業が見過ごされ、「正直者」が競争で不利になることだろう。ただ、建設Gメンが全ての悪質な事業者を監視できるわけではない。本質的な制度の目的は良心的な企業が市場で選ばれる商慣習を形成することにある。このために、国土交通省が構築したのが「建設技能者を大切にする企業の自主宣言制度」だ。
自主宣言制度では、適正な労務費・賃金支払いに関する一定の要件を満たし、処遇改善に取り組むことを宣言した企業をオンライン上で可視化する。発注者と元請け、下請けがそれぞれ宣言でき、建設工事のサプライチェーン全体で適正支払いの機運を醸成する狙いがある。
改正建設業法が全面施行された2025年12月12日、国交省は同制度のポータルサイトで宣言企業の申請受付を開始。1月15日時点で申請企業数は386社に達した。このうち、元請けが312社と全体の8割を占め、次いで下請けが73社だった。発注者は1社となっている。

宣言企業となるには、元請け・下請け・発注者に共通の必須項目として、▽労務費・材料費等を内訳明示した見積書の作成▽下請けから提出された見積書の考慮・尊重▽宣言企業との優先取引―などが求められる。さらに、元請け・下請けのそれぞれに対し、建設キャリアアップシステム(CCUS)の利用環境整備に向けた要件が課される。
宣言企業はポータルサイトで公表され、シンボルマークを活用して自社が宣言を行っていることを対外的にアピールできる。
国交省は、「労務費の基準」の運用方針で、発注者や元請け、上位下請けに対して宣言企業との優先取引が「望まれる」と明記。受発注者間、元下間で宣言企業が選ばれやすくなる市場環境を整える。技能者が就業先を選ぶ際にも参考にしてもらい、処遇改善に前向きな企業が担い手を確保しやすくする。
経営事項審査での加点措置というインセンティブも設けた。宣言企業は、経審の「その他審査項目」(W点)で5点を加点することとしており、元請けで公共工事を受注する建設業者にとってのメリットとなる。宣言書の写しとともに、取り組み開始日以降に宣言内容を実施する誓約書が必要になる。7月1日からの施行を予定している。
(9)「著しく低い労務費」とは 価格・取引実態の両面で判断 2026/1/21
「労務費の基準」に照らして著しく低い見積もりや契約は、建設業法違反として勧告・公表や指導・監督の対象となる。では、こうした措置の対象とするかどうかをどのように判断するのか。国土交通省は、取り締まりの対象となる水準を明確に示すと見積額がそこに張り付きかねないという懸念もあり、対外的に「著しく低い労務費」の水準を示していない。実務的には、価格と取引実態の両面を踏まえて判断するとみられる。

建設業法令順守ガイドラインを見ると、労務費が通常必要な額を著しく下回っているかどうか判断する際の考え方が示されている。地域性や工事内容を踏まえて技能者の処遇に必要な労務費、労務単価と実際の見積額の乖離(かいり)の程度や、乖離の理由、元請けと下請けの協議状況などが判断のポイントになる。最低賃金を下回るような低い額については、「著しい乖離状況と当然判断される」とした。
ガイドラインでは、法改正の趣旨を踏まえて「望ましくない行為」の事例も示した。下請けが材料費や労務費、法定福利費、安全衛生経費といった必要経費を内訳明示せずに見積書を交付した場合が該当する。
さらに「建設業法上違反となる恐れがある行為」として、下請けが適正な見積もりを行ったにも関わらず、元請けが尊重せず、著しく低い労務費へと見積もり変更を依頼したケースを位置付けた。元請けが工事代金を低く抑えるため、一方的に必要額を著しく下回る変更依頼を行った場合も該当するとした。「著しく低い額」と「一方的な変更依頼」の両方がそろうと、特に悪質性が高いという。
合わせて公表された、「通常必要と認められる労務費を著しく下回る恐れのある取引事例集」も参考になる。改正法の全面施行以前から建設Gメンが調査してきた事例を踏まえ、「改善が必要」と判断される具体的な行為を六つの類型にまとめた。いずれも、建設業法に基づく指導や監督を受ける恐れがある。
主な内容を見ると、▽数年にわたって労務単価を見直さない▽合理的な理由、根拠のない一律・一定比率の減額▽工事予算を前提とした指値▽複数者から徴収した最低額を別の事業者に示し、減額変更を依頼▽取引関係の維持を目的に、根拠なく労務費を減額して見積もる▽工事条件を考慮せず、実現困難な歩掛を使用―といった行為が対象となる。
事例集は、建設工事の注文者(発注者、元請け、上位下請け)と受注者の双方にとって、法令順守の参考として活用できる。建設Gメンの調査を踏まえ、国や都道府県といった許可行政庁が行政指導を行う際の参考にも位置付けられている。
(10)Gメンの情報収集体制拡充 著しく低い労務費は指示処分 2026/1/23

「見積書に記載した労務費を一方的に減額された」。建設業者から、こうした建設業法違反が疑われる事態の相談を受け付け、建設Gメンの調査・行政指導につなげるため、国土交通省は建設業法関係の通報窓口「駆け込みホットライン」を大幅に拡充した。「労務費の基準」に照らして著しく低い労務費での見積もりや下請けへの変更依頼を行った建設業者には、拘束力のある「指示処分」が科される。
従来、駆け込みホットラインには年間約2000件の通報が寄せられていた。今後は、改正法で著しく低い労務費による見積もりや受注者による原価割れ契約が新たに禁止されたことで、通報量の増加も想定される。
国交省は、限られた建設Gメンの人員を有効に活用するため、従来の電話対応だけでなく、自動音声応答やオンラインの「駆け込みホットライン情報収集フォーム」を新設した。電話以外の窓口を設けることで通報のハードルを下げるとともに、簡易な質問で最適な通報・相談先を選択できる「建設業相談窓口ナビ」なども活用し、労務費ダンピングの疑いのある事例を効果的に抽出する。
さらに、適正な賃金を支払われていないと感じている建設技能者から、通報を直接受け付けるシステムを構築する。注文者(発注者・元請け・上位下請け)と受注者との間でやりとりされる労務費だけでなく、最終的に技能者が受けとる賃金についても適正に行き渡るよう、調査できる体制を整備し、規制の実効性を確保する。
現行では、建設Gメンが請負契約に計上される労務費を調査することはできても、技能者が最終的に受けとる賃金を確認する手段はない。新たに構築するシステムには、技能者が給与明細に記載の給与や労働時間を自己申告することで、必要に応じて雇用主やその取引先に助言、指導を行えるようにするイメージだ。26年度に基本的なシステムの仕組みを検討し、27年度以降に整備する。
建設Gメンは、駆け込みホットラインや情報収集フォーム、新設する技能者の賃金通報システムで寄せられた情報を端緒に、法違反が疑われる事業者の詳細調査を行う。労務費の金額やその積算根拠、当初・最終見積書の比較などを通じて把握した注文者と受注者の協議の経過などを基に、指導・監督の必要性を判断する。
建設業者に対する監督処分基準では、著しく低い労務費での見積もり・見積もり依頼や原価割れ契約について、指示処分を科すこととした。指示処分を受けると、社内研修や改善計画の提出といった対応を求め、社名も公表する。処分に従わなかったり、類似の法違反を繰り替えす場合は営業停止処分を科す。
(11)賃上げの「好循環」目指す CCUSレベル別年収に目標値 2026/1/28

2025年3月適用の公共工事設計労務単価は12年度と比べ、全職種平均で85・8%上昇した。国土交通省は「労務費の基準」を通じてこの流れを民間工事に広げ、技能者の賃金にまで波及させようとしている。このため、目指すべき水準として「建設キャリアアップシステム(CCUS)レベル別年収」を改定。実際に賃上げが進めば、翌年度の労務単価に反映され、基準に基づく労務費も上昇する。この「好循環」の実現は、労務費をダンピングしない新たな商慣習の定着にかかっている。
労務費の基準は、公共工事設計労務単価相当の労務費確保を基本とする。実際の請負契約でこうした労務費が確保され、技能者の経験・能力に応じて賃金として支払われたときの年収水準を示すのがCCUSレベル別年収だ。
技能者が保有資格や就業履歴をCCUSに登録すると、専門工事業団体の整備した基準に基づいて4段階のレベル判定を受けることができる。
国交省は、23年度に技能者のキャリアに応じた賃金の参考として、レベル別年収を初めて公表。このときは、法的拘束力のない賃金の目安という位置付けだった。
今回、改正建設業法の全面施行に合わせてレベル別年収を改定し、目標値と標準値の二つを設定した。電気工事や橋梁など43分野、全国10ブロックに細分化されている。
目標値は各レベルの平均以上という位置付けで、「適正な賃金」としてこの水準での支払いを推奨する。標準値は各レベルの下位15%程度にあたり、これを下回る支払い状況の事業者については、注文者との請負契約で労務費ダンピングの恐れがないか重点的な確認対象にするとした。建設業法上の指導にもつながる、より重い基準としてレベル別年収が位置付けられた形だ。
公共工事設計労務単価そのものは、レベルごとに分かれてはいない。単価の水準は、おおむねレベル2~3の技能者のレベル別年収を日額換算した賃金水準と同等になる。個々の工事の請負契約では、CCUSレベルの高い技能者が施工することを理由に、注文者に対して労務費の基準より高い水準の労務費を求めることも必要となる。
2月には、26年度から適用する新たな公共工事設計労務単価が公表される。改正法が全面施行された今、この単価は従来のように公共工事の積算に使われるだけでなく、民間工事の請負契約でも支払われるべき労務費の基準の構成要素として、その役割の重みを増している。
新たな単価を踏まえた労務費が26年度に適切に支払われ、末端の技能者にまで賃金として行き渡れば、公共事業労務費調査でその実態が把握され、27年度の公共工事設計労務単価に反映される。
賃金上昇の持続的な好循環を生む制度的な枠組みは整った。この仕組みを生かせるかどうかは、建設工事のサプライチェーンを構成する発注者、元請け、専門工事業者の姿勢にかかっている。
